かつみ♥さゆり
(尾崎小百合 から転送)
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かつみ吉本興業東京本社に所属するかつみ (旧 太平かつみ[1])と さゆり(同 尾崎小百合[1])による日本の漫才コンビ[注 1]。愛称「かつさゆ」。漫才の他、テレビ番組のレポーターなども多く務める。また、かつみの多額の借金に関する様々なエピソードでも知られている。2017年、80歳で完済できる目途が立った[2]。
さゆりは、注釈
出典
- ^ a b c d e かつみ・さゆりオフィシャルサイト
- ^ “「払った利息だけで2.6億円」 漫才コンビ「かつみ・さゆり」のさゆりが告白する明るい借金生活、完済のめどは80才頃”. 2023年5月22日閲覧。
- ^ “千鳥の「相席食堂」2022/7/12放送” 2022年11月5日閲覧。
- ^ 『しくじり先生』2016年6月6日放送
- ^ a b c d e f g “1億7千万の借金を背負った芸人夫婦はなぜ明るく暮らせるのか?”. 週プレNEWS. 2015年10月24日閲覧。
- ^ 大阪日日新聞 (2012年5月2日). “ボヨヨンと好発進 かつみ”. 2012年5月5日時点の さゆりのカフェ開店オリジナルよりアーカイブ。2012年5月3日閲覧。
- ^ 女性自身〔光文社女性週刊誌〕 (2013年10月18日). “馬主、100均、ラーメン店…かつみ・さゆり明かす事業失敗の過去”. 2013年10月18日閲覧。
- ^ J-CASTニュース (2015年3月3日). “大阪「くいだおれ」ビル、香港ファンドが買収”. 2016年3月24日閲覧。
- ^ 日刊スポーツ (2016年3月23日). “かつみ・さゆり、結婚記念日に経営スイーツ店を閉店”. 2016年3月24日閲覧。
- ^ スポニチ Sponichi Annex 芸能 (2016年3月23日). “かつみ・さゆり 結婚記念日にスイーツ店閉店「10回目 慣れてます」”. 2016年3月24日閲覧。
- ^ ORICON NEWS (2017年11月27日). “かつみ・さゆり、借り換え成功で借金の元金減る「半沢直樹みたいな人がいた」”. 2017年11月27日閲覧。
- ^ “芸能人のピアノ自慢番組は面白い”. リアルライブ (2010年8月12日). 2018年3月26日閲覧。
- ^ “「かつみ・さゆり」のさゆり、美少女戦士から大人美女に変身 「別人!キレイ」フォロワー驚く”. 日刊スポーツ (2022年12月7日). 2022年12月7日閲覧。
- 1 かつみ♥さゆりとは
- 2 かつみ♥さゆりの概要
- 3 メンバー
- 4 受賞歴
- 5 脚注
尾崎小百合
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/04 03:55 UTC 版)
神戸市で電気店を営む両親のもとに生まれる。兄が一人居る。好きな漫画はキングダム。 小百合と音楽 3歳からピアノを習っていた。入試二か月前に志した音大の合格も果たしている。 ミスコン荒らしと結婚後の苦労生活 さゆりは吉本入り以前からミスコン荒らしとして知られ、テレビ番組のアシスタントを務めていたこともある。その際に桂文枝と知り合い、一時は文枝の個人事務所に所属していた。かつみとの出会いも、文枝(当時は三枝)の冠番組「三枝の激闘スタジアム」(関西テレビ)で共演したのがきっかけである。現在は頬を赤く強調した道化的なメイクを施し三枚目キャラクターとして活動しているが、元々は吉本屈指の美人タレントとして知られた。吉本入り後は主に吉本新喜劇に出演していた。 結婚前後にかけてはかつみが経営するスナックでも働き、火の車状態の家計を助けていた。また、この頃、「かつみのアホの嫁」(ここでの“アホ”は、“天然ボケ”という意味)として関西のテレビ番組にしばしば出演するようになり現在のスタイルを築いていった。 奇跡的な大震災の回避 1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災にて、神戸市内のさゆりの実家が被災。しかし、さゆりは偶然にもかつみとフランス・パリへ旅行中で不在だったために被災を免れた。さゆりの部屋は地震で完全に潰れた状態だったといい、もし彼女が実家にいたら命の危険もあったとされている。さゆりの父は、かつみが娘の命を救ってくれたも同然と感激し、かつみにさゆりとの結婚を承諾したとのエピソードがある。 人気絶頂期の入院 2004年6月中旬、さゆりが病に倒れ、かつみ一人でのテレビ出演が続いた。診断の結果、さゆりは卵巣嚢腫、子宮筋腫、子宮内膜症の3つの病気にかかっており、1か月後の2004年7月中旬、MBSテレビ『ちちんぷいぷい』で復帰。その後、『最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学』でこの時の詳細を語った。 ボヨヨンにまつわるエピソード さゆりのボヨヨン(髪飾り)は手作りで、ヌーブラのケースに入れて保管している。制作費は片方2000円で、「ボヨヨン代」として確定申告もしている。本人曰く以前は一から手作りしていたが、最近は花のパーツを購入して制作している。また、片方7gが最高の重さ(黄金比)であるとも説明している。 ボヨヨンが誕生したきっかけは、かつみが体を張るロケにさゆりが勝手に同行し、お手製のポンポンでかつみを応援していたことである。その後、ポンポンを首に掛けられる様に紐を付けたり、頭に付ける様にするなどして試行錯誤を重ねて現在のスタイルになる。また、最初は「頑張るポン」という名称だった。さゆりのボヨヨンに対して、かつみはネクタイに仕込まれた糸を引っ張るとネクタイがピンと立つ、「ネクタイぴーん!」というギャグを持っている。後藤田正純・水野真紀の披露宴の際、このギャグを当時の首相だった小泉純一郎の前で披露したところ、後でSPにこっぴどく叱られたという。
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