国立追悼施設の設置
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国家的な常設の戦没者追悼施設は必要だが、靖国神社では歴史的・宗教的・国際的などの問題があると考える立場からは、靖国神社に代わる国立の追悼施設を設置するという提案されており、それへの反対意見を含め、議論が存在している。 靖国神社は常設の施設であるが、戦後は一宗教法人であり、国立ではなく、神道の神社であり、戦前の国家神道や戦後のいわゆるA級戦犯合祀問題への議論が存在している。靖国神社を国家管理の施設に復活させる案として靖国神社法案が国会に提出されたが、宗教色を薄める内容への反対もあり廃案となった。A級戦犯の「分祀」は「不可能」として靖国神社が拒否している。 隣接する千鳥ケ淵戦没者墓苑は国立の無宗教形式の施設であるが、納められているのは引き取り手がない無名戦士の遺骨のみであり、戦死者全体を追悼・慰霊する場ではない。 1952年以降、全国戦没者追悼式が毎年開催され、特定の宗教によらない形で天皇、内閣総理大臣、衆参議長、最高裁判所長官なども出席している。対象は民間の空襲被災者なども含むが、常設の施設ではない。なお1964年は靖国神社で開催されたがスペースの問題もあり、以後は日本武道館で開催されている。 以上の現状を前提に、国が公式に戦士・戦没者を追悼する常設の施設が必要との立場からは、新たな国立追悼施設が必要との意見があり、その中には千鳥ケ淵戦没者墓苑の拡充案もある。なお国立追悼施設設置論は靖国神社廃止論ではない(そもそも民間の一宗教法人を国家が廃止するなど信教の自由上不可能である)。ただし現在、民間の一宗教法人である靖国神社に国家の公式の追悼・慰霊の役割を担わせることそのものは、津地鎮祭訴訟で示された目的効果基準に照らし政教分離の原則に反し憲法違反である(愛媛県靖国神社玉串料訴訟)。 公明党は「日本国民も外国要人も天皇陛下もわだかまりなく、心から戦没者を追悼できるような施設のあり方を検討してもいいのではないか」と「国立追悼施設」に賛成している。2001年、小泉純一郎政権時代に首相官邸において、戦没者追悼施設の在り方、必要性、既存施設との関係について議論するため「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」が設けられ、2002年に報告書が出された。また2005年、超党派の議員連盟の国立追悼施設を考える会が発足した。 なお、他国の国立追悼施設にはアメリカ合衆国のアーリントン国立墓地他にイギリス連邦のコモンウェルス戦争墓地委員会、中華人民共和国の人民英雄紀念碑、韓国の国立ソウル顕忠院や戦争記念館 (韓国)、北朝鮮の愛国烈士陵、インドネシアのカリバタ英雄墓地などがある。 「戦争祈念施設」も参照 アメリカ合衆国のアーリントン国立墓地は南北戦争時に作られたが、北軍南軍双方の兵士が埋葬されている。国が決めた埋葬基準を満たした中での希望者が埋葬され、敷地内の教会はキリスト教だが、埋葬や慰霊・追悼の際には、キリスト教形式に限らずどの宗教形式でも、あるいは無宗教の形式でも、本人や遺族が自由に選択できる。一方、靖国神社は東京招魂社として戊辰戦争後に作られたが祀られているのは維新政府軍のみであり、幕軍側や旧士族の反乱(西南戦争など)の死者などは祀られていない。現在は民間の一宗教法人であり、国との公的関わりはなく、生前の本人の宗教信仰に関わりなく合祀されるが、合祀の形式は神道形式に限られる。その祀られる基準は靖国神社が定め、事前に遺族などに合祀の同意を求めず、遺族などが合祀を取り消しまたは合祀を求めてもそれには応じず、そういったことと無関係に勝手に祀るものである。 合祀されたA級戦犯14名の中でも広田弘毅の遺族・孫の弘太郎は「合意した覚えはない。今も靖国神社に祖父が祀られているとは考えていない」と話した。靖国に絡むこれらの思いは「広田家を代表する考え」としている。 2013年5月訪米時に安倍晋三首相が「日本人が靖国神社を参拝するのは米国人がアーリントン墓地を参拝するのと同じ」と『フォーリンアフェアーズ』紙に答えた。それに対し韓国の『中央日報』は「アーリントンが国民統合と和解の象徴なら、靖国は戦死者を顕彰する軍国主義の象徴にすぎない」として批判した。2013年10月3日、米国のジョン・ケリー国務長官とチャック・ヘーゲル国防長官は千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れ、献花した。千鳥ヶ淵戦没者墓苑によると、この訪問は日本の招待ではなく米国側の意向であった。同行した米国防総省高官は記者団に対し、千鳥ヶ淵戦没者墓苑はアーリントン国立墓地に「最も近い存在」だと説明した。ケリーとヘーゲルは「日本の防衛相がアーリントン国立墓地で献花するのと同じように」戦没者に哀悼の意を示したと述べた。安倍が5月に訪米した際、靖国神社を米国のアーリントン国立墓地になぞらえたことに対する牽制とみられる。その後2013年12月に安倍が参拝すると菅官房長官は記者会見で「無宗教の国立追悼施設の建設構想については『国民に理解され、敬意を表されることが極めて大事なことだ。国民世論の動向を見極めながら慎重に検討することが大事だ』と述べ、現時点では取り組む考えがないことを示唆した」。また安倍も参院予算委員会で「多くのご遺族の方々がどう思われるかが大変大きな問題だ」と新施設に慎重姿勢を示した。また首相側近の萩生田光一総裁特別補佐は「新施設は決して無駄とは思わないが、靖国への思いとは異なる」と指摘した。公明党は2013年12月に安倍の参拝をうけて「どのような立場の人もわだかまりなく追悼できる施設」を提案した。 日本遺族会は「靖国神社に代わる新たな追悼施設は認めない」との立場で、設置不要派である。 元陸軍少尉・小野田寛郎は、「死んだら神さまになつて会おう」と約束した場所が靖国神社であり、戦後その靖国神社を国家が守らないことに対して、「国は私たちが死んだら靖国神社に祀ると約束しておいて、戦争に負けてしまったら、靖国など知らないというのは余りにも身勝手」という見解を示し、靖国神社とは全く別の追悼施設を作るというのは、「死んだ人間に対する裏切り」行為だと批判している。
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