切腹
『堺事件』(森鴎外) 明治元年(1868)2月15日、フランス水兵が官許なく堺へ上陸したので、土佐藩兵が銃撃し、13人が死んだ。フランス公使が藩兵20人の死刑を要求し、23日、妙国寺で藩兵は1人ずつ切腹する。立ち合ったフランス公使は、その凄惨さに堪えられず、11人目が切腹したところで退席し、残る9人は死罪を免ぜられた。
『憂国』(三島由紀夫) 2・26事件に決起した青年将校たちは、新婚半年足らずの武山信二中尉の身をいたわり、彼を誘わなかった。翌日になれば親友たちを叛乱軍として討たねばならぬ武山中尉は、夜、自宅の2階で妻麗子を前にして切腹する。麗子は夫の死を見届けてから、喉を突く。
*大名の切腹→〔遺言〕1の『仮名手本忠臣蔵』4段目「判官切腹」。
★2.女性の切腹。
『長町女腹切』(近松門左衛門) 刀屋の半七は、大名の若殿に献上する刀の細工を、大阪長町の叔母から依頼される。半七はその刀を売って安物の刀と買い換え、差額の20両を得る。彼は20両を愛人の女郎お花のために使ってしまい、大名屋敷へは安物の刀を届ける。それを知った叔母は、罪を我が身に引き受け、大名屋敷から戻された刀で腹を切る。
『南総里見八犬伝』第6輯巻之5下冊第61回~第7輯巻之2第65回 犬村角太郎(=大角)の妻・雛衣は、腹痛を治そうと、角太郎の持つ「礼」の珠を浸した水を飲む。その時、誤って珠も呑みこんだため、彼女は懐胎したかのごとく腹がふくれる。角太郎の父・赤岩一角(=実は庚申山の妖猫)が雛衣に、「汝の腹中の胎児は、我が眼瘡治療の妙薬となるゆえ、与えよ」と命ずる。雛衣が短刀で腹を掻き切ると、中から珠が飛び出して一角を撃ち倒す。
*伏姫も自ら腹を切る→〔性交〕8の『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回~巻之2第13回。
『播磨国風土記』賀毛の郡川合の里腹辟の沼 花浪の神の妻である淡海の神が、夫を追って沼まで来て、恨み怒って自ら刀で腹を辟(さ)き、身を投げて死んだ。それゆえ腹辟の沼と言う。この沼の鮒は今もはらわたがない。
『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』(河竹黙阿弥)5幕目大詰「極楽寺山門の場」 弁天小僧菊之助は、大盗賊日本駄右衛門の手下となって悪事をはたらく。しかし捕手に囲まれて、極楽寺山門の屋根の上で立ち回りの末、立ったまま切腹する。
『切腹』(小林正樹) 浪人・津雲半四郎は、娘婿が井伊藩の侍たちによって竹光で切腹させられた(*→〔にせもの〕4)ことに憤り、藩屋敷に乗り込んで、彼らのとなえる武士道を罵倒する。半四郎は井伊藩士たちと斬り合い、鉄砲隊に追い詰められる。半四郎は障子によりかかり、立ったまま腹を切る。
『鎌腹』(狂言) 遊び歩いて家に寄りつかぬ太郎が、妻にきつく叱られ、山へ木こりにやられる。太郎は将来を悲観して、鎌で腹を切ろうとするが、恐ろしくてためらう。妻が来てとめるので、太郎は「それなら汝が代わりに鎌で腹を切れ」と言って、いよいよ妻の怒りをかう。
『豊饒の海』(三島由紀夫)・第2巻『奔馬』 昭和7年(1932)。19歳の学生・飯沼勲は、堀中尉から「お前のもっとも望むことは何か」と問われ、「断崖の上で、昇る日輪を拝しながら自刃することです」と答えた(11)。昭和8年12月29日深夜。勲は、財界の大物・蔵原武介を熱海の別荘に襲い、刺殺した。勲は海の方へ逃げ、断崖で正座する。日の出を待つ余裕はない。彼が刀を腹へ突き立てた瞬間、日輪は瞼の裏に赫奕と昇った(40)。
『一のもり』「切腹」 年末、浪人が大家を訪れ、「店賃(たなちん)が払えぬゆえ、ここで腹を切る」と言う。着物を脱ぐと、腹に十文字に墨打ちしてある。大家は驚き、「春まで待ちましょう」と言う。浪人は礼を述べ、墨の縦すじを消す。大家「まだ横すじが残っています」。浪人「これは米屋で消す」。
*「子を授けてくれぬなら、この場で切腹する」と言って、神仏を脅す→〔申し子〕3b。
★7.陰腹(かげばら)。ひそかに切腹し、さらし布をきつく巻いて血を止め、切腹したことを他人にさとられないようにする。
『十一人の侍』(工藤栄一) 忍(おし)藩主・阿部正由が、将軍の弟にあたる館林藩主・松平斉厚(なりあつ)と争い、殺された。忍藩の家老・榊原帯刀は斉厚暗殺を計画するが、老中水野の「何事もなければ忍藩安泰」との嘘に欺かれ、暗殺を中止する。しかし忍藩は断絶となった。榊原帯刀は陰腹を切って乗馬し、暗殺の実行部隊である仙石隼人ら11人の侍の所へ駆けつけ、自分の判断の誤りを詫びて絶命する〔*その後、11人の侍は斉厚暗殺に成功するが、11人のうち生き残ったのは1人だけだった〕。
*『十一人の侍』は、→〔待ち合わせ〕5の『十三人の刺客』の続編ともいうべき作品。
『新薄雪物語』3幕目「園部邸三人笑の場」 六波羅探題が幸崎伊賀守に、「園部兵衛の息子・左衛門の首を討て」と命ずる(*→〔二者同想〕1d)。幸崎伊賀守は左衛門を逃がし、陰腹を切ってから、園部兵衛の邸へ行く。出迎える園部兵衛も、「幸崎伊賀守の娘・薄雪姫の首を討て」との命令に背き、薄雪姫を逃がして、陰腹を切っていた。幸崎伊賀守と園部兵衛がそれぞれ持つ首桶の中には、左衛門の首も薄雪姫の首もなく、「代わりに親の命を召されよ」との願い書が入っていた。
『日本庭園の秘密』(クイーン) カレンは、父親が東京帝大の教師をしていたため、日本で子供時代を送り、後にアメリカへ渡って著名な作家となった(*→〔盗作・代作〕5)。彼女はワシントンの自邸に日本庭園を造り、日本のキモノを着て執筆する。自殺する時も(*→〔癌〕6)、カレンは日本古来の「ハラキリ」の儀式にならい、はさみの片方を短刀代わりにして、喉を突いて死んだ〔*探偵エラリイが、父のクイーン警視に説明する。「わたしは、ちゃんと調べました。男のハラキリは腹を切り開きますが、女のハラキリは喉を切るのです」〕。
*夫が腹を切った後に、妻が喉を突く→〔切腹〕1の『憂国』(三島由紀夫)。
*誤解による切腹→〔誤解による自死〕1の『仮名手本忠臣蔵』5~6段目。
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