ヒトの腸内細菌叢の構成
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/24 15:46 UTC 版)
ヒトの大腸でよく見られる細菌 菌発見率 (%)バクテロイデス門Bacteroides fragilis 100 バクテロイデス門Bacteroides melaninogenicus 100 バクテロイデス門Bacteroides oralis 100 フィルミクテス門Enterococcus faecalis 100 プロテオバクテリア門大腸菌 100 プロテオバクテリア門エンテロバクター属 sp. 40-80 プロテオバクテリア門クレブシエラ属 sp. 40-80 放線菌門Bifidobacterium bifidum (ビフィズス菌) 30-70 フィルミクテス門黄色ブドウ球菌 30-50 フィルミクテス門ラクトバシラス属 (乳酸菌) 20-60 フィルミクテス門ウェルシュ菌 25-35 プロテオバクテリア門Proteus mirabilis 5-55 フィルミクテス門Clostridium tetani 1-35 フィルミクテス門Clostridium septicum 5-25 プロテオバクテリア門緑膿菌 3-11 プロテオバクテリア門Salmonella enteritidis 3-7 フィルミクテス門Faecalibacterium prausnitzii ?common(一般的) フィルミクテス門Peptostreptococcus sp. ?common(一般的) フィルミクテス門Peptococcus sp. ?common(一般的) ヒトや動物の腸は、摂取した食餌を分解し吸収するための器官であるため、生物が生育するのに必要な栄養分が豊富な環境である。このため、体表面や泌尿生殖器などと比較して、腸内は種類と数の両方で、最も常在細菌が多い部位である。この多様な細菌群は、消化管内部で生存競争を繰り広げ、互いに排除したり共生関係を築きながら、一定のバランスが保たれた均衡状態にある生態系が作られる。このようにして作られた生態系を腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)と呼ぶ。なお、この系には細菌だけでなく表皮常在菌・環境常在菌として存在している広義酵母などの菌類や、細菌に感染するファージなども混在してバランスを形成しているため、腸内常在微生物叢、腸内フローラ、腸内ミクロフローラなどという用語がより厳密ではあるが、一般にはこれらの細菌以外の微生物も含めて腸内細菌叢と呼ばれることが多い。 ヒトや動物が摂取した食餌は、口、食道、胃を経て、十二指腸などの小腸上部に到達し、その後、宿主に栄養分を吸収されながら、大腸、直腸へと送り出される。このため、消化管の場所によって、その内容物に含まれる栄養分には違いが生じる。また消化管に送り込まれる酸素濃度が元々高くないのに加えて、腸管上部に生息する腸内細菌が呼吸することで酸素を消費するため、下部に進むほど腸管内の酸素濃度は低下し、大腸に至るころにはほとんど完全に嫌気性の環境になる。このように同じ宿主の腸管内でも、その部位によって栄養や酸素環境が異なるため、腸内細菌叢を構成する細菌の種類と比率は、その部位によって異なる。一般に小腸の上部では腸内細菌の数は少なく、呼吸と発酵の両方を行う通性嫌気性菌の占める割合が高いが、下部に向かうにつれて細菌数が増加し、また同時に酸素のない環境に特化した偏性嫌気性菌が主流になる。 一方、胆汁酸は脂質や脂溶性ビタミンを乳化し消化吸収を補助するが細菌の細胞膜を溶解する作用も有するため小腸内や胆管での腸内細菌叢の形成を妨げている。毎日、合計で20-30gの胆汁酸が腸内に分泌され、分泌される胆汁酸の約95%は回腸で能動輸送され再吸収され再利用され、腸管から肝臓や胆嚢に抱合胆汁酸が移動することを、腸肝循環と呼んでいる。殺菌作用のある胆汁酸が回腸でほとんど吸収されるため、腸内細菌は回腸以降の大腸を主な活動場所としている。 消化管の部位の違いによるヒト腸内細菌の数(内容物1gあたり)はおよそ以下の通りである。また、菌数は、栄養分、酸素濃度、胃酸に対する耐性、胆汁酸に対する耐性、腸の免疫システムにより排除されないこと、腸壁への付着力、の要素が考えられる。糞便に排出される菌の組成は、大腸のものに類似している。 小腸上部: 内容物1gあたり約1万(104)個。乳酸菌(Lactobacillus属)、レンサ球菌(Streptococcus属)、Veionella属、酵母 など。好気性、通性嫌気性のものも多い。 小腸下部: 1gあたり10万-1,000万(105-107)個。小腸上部の細菌に大腸由来の偏性嫌気性菌が混在。 大腸: 1gあたり100億-1,000億(1010-1011)個。ほとんどがバクテロイデス属(Bacteroides)、ユーバクテリウム(Eubacterium)、ビフィズス菌(Bifidobacterium)、クロストリジウム属(Clostridium)などの偏性嫌気性菌。小腸上部由来の菌は105-107個程度。 一般成人の腸内細菌構成の例バクテロイデス 50% ビフィズス菌 15% 嫌気性球菌 15% ユウバクテリウム 10% クロストリジウム 10% これらの腸内細菌の組成には個人差が大きく、ヒトはそれぞれ自分だけの細菌叢を持っていると言われる。ただしその組成は不変ではなく、食餌内容や加齢など、宿主であるヒトの様々な変化によって細菌叢の組成もまた変化する。 例えば、母乳で育てられている乳児と人工のミルクで育てられている乳児では、前者では、ビフィズス菌などのBifidobacterium属の細菌が最優勢で他の菌が極めて少なくなっているのに対して、後者ではビフィズス菌以外の菌も多く見られるようになる。このことが人工栄養児が母乳栄養児に比べて、細菌感染症や消化不良を起こしやすい理由の一つだと考えられている。 新生児ではラクトバシラス属が最も多くなる。乳児の腸内細菌の優占種は、ラクトバシラス属とフィルミクテス門の近縁種となる。生後1か月経つと胎便という黒い粘質便が出て、生後3か月間はフィルミクテス門が優勢となる。 乳児が成長して離乳食をとるようになると、バクテロイデス属 (Bacteroides) やユーバクテリウム属 (Eubacterium) など、成人にも見られる嫌気性の腸内細菌群が増加し、ビフィズス菌などは減少する。 野菜を含む食事をとるようになるとバクテロイデス属が全体の30%程度を占めるようになる。 さらに加齢が進み、老人になるとビフィドバクテリウム属 (Bifidobacterium)の数はますます減少し、かわりにラクトバシラス属 (Lactobacillus) や腸内細菌科の細菌、ウェルシュ菌(Clostridium perfringens)などが増加する。 日本人を含めた12カ国のヒトの腸内細菌26種の構成を調べたところ、日本人には他の国民に比べて放線菌門ビフィズス菌(Bifidobacterium)、フィルミクテス門クロストリジウム綱ブラウチア(Blautia)、放線菌門Collinsella、フィルミクテス門バシラス綱レンサ球菌(Streptococcus)、未分類のクロストリジウム綱の菌(Unclassified Clostridiales)が最も多く存在していた。また、日本人の腸内細菌は、炭水化物や海藻類の食物繊維の代謝能力が高く、産生される水素をメタン産生よりも酢酸産生に利用する傾向が強かった。
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