テレビ進出とは? わかりやすく解説

テレビ進出

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 01:18 UTC 版)

ツービート」の記事における「テレビ進出」の解説

1970年代後半から状況さまざまに変化見せ立川談志漫画家高信太郎らがツービート評価し出し所属事務所太田プロダクション移籍し1975年東京12チャンネル(現・テレビ東京)の『ライバル大爆笑!』でテレビ初出演大阪興ったB&Bに加えテレビヤングおー!おー!』に出演していた若手達のコンビ、そしてツービートなど、以前とはスタイルの違う新世代漫才師一つムーブメントとして過去の“漫才”から一線を画する意味で“マンザイ”、“MANZAI”としてフジテレビで『THE MANZAI』(全11回で終了)として番組構成これらのメンバー中心に1979年頃より1981年にかけて漫才ブーム呼ばれる社会現象になったTHE MANZAI』の出演者は、服装ツナギ紳助・竜介)やコンビロゴの入ったスウェットシャツB&B)、DCブランドツービート)、アイビールックザ・ぼんち)とバラエティ富みアイドル性を加味している。ただし、ツービート2人他の若手20代だったのに対して既に30代突入しており、外見的に業界用語でいう「汚れであってアイドル人気ということで一歩遅れを取っていた。 さらに、ツービートテンポが速いのみならず、“毒舌”と評されるジジイ」、「ババア」、「ブスをはじめとした単語多用しそれまで穏和である意味媚びたスタンス漫才師一般的であった背景からコンサバ層(婦人中高年齢層)には受け容れられず、『THE MANZAI出演当時事実人気5番目あたり(本人談)に位置し当時はほぼ完全に若手サラリーマン大学生と言った教育レベル比較高く新し刺激スタイル直感的に敏感な世代のみに支持されていた。後にテレビ番組ダウンタウンDX』でゲスト出演紳助が「実際はB&B紳助・竜介ツービートだけが新しいもので他は既存のものであった」と語っている。 『THE MANZAI』は当時関西ばかりにタレント揃い東京勢が希少であったにもかかわらず自らの意思第5回をもって出演最後にしている。ツービート漫才浸透し要望高まっていた頃にはすでに『THE MANZAI』から姿を消していたのである漫才舞台から姿を消すのと同時期にたけしはソロ活動開始1981年1月1日からのニッポン放送ビートたけしのオールナイトニッポン』では深夜放送ヘヴィユーザーである受験生絶大な支持を受け、勤労層の若者録音愉しみ、テープ回し何度もその早口聞き取ることを喜びとした。 漫才ブーム始まった頃のギャランティ月額30万円程度だったが、ブーム到来する半年で月1600万円になっていたという。2017年公表された御田生による、絶頂期1980年には年収20億円であったとする文も存在する(当時大卒初任給平均11万円)。

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テレビ進出

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/15 13:58 UTC 版)

水の江瀧子」の記事における「テレビ進出」の解説

こうした出来事一方で瀧子新興メディアテレビにも進出し1953年2月NHK開局と同時に始まったゲーム番組ジェスチャー』に出演した。これはたんぽぽ時代に合公演行ったことがある柳家金語楼推薦よるものであったまた、同年1957年には『紅白歌合戦』の紅組司会務めたが、瀧子その前身『紅白音楽試合』(1945年)の司会者務めている。『紅白音楽試合』では、欠場したベティ稲田穴埋めとして急遽紅組トリで「ポエマタンゴ」を歌唱した。

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テレビ進出

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/12 14:20 UTC 版)

リカルド・モンタルバン」の記事における「テレビ進出」の解説

1960年代以降は映画のみならずTVドラマにも多く顔を出し多数単発アクション刑事ドラマ主演。さらに『コンバットシリーズにもゲスト出演した。そして一世を風靡した『スタートレック』シリーズでは、「優性人間カーン」に扮した。 しかし、こうした単発ものでは脇役にすぎず、印象が弱いままだったが、1978年から1984年間に124エピソード放映された『ファンタジー・アイランド』で、主人公である「ミスター・ローク」を演じ北米でのテレビ・スターとしての圧倒的な地位確保することに成功した。 『ファンタジー・アイランド』は熱帯孤島ゲスト迎えるミスター・ロークがゲストたちのいろいろな夢をかなえさせるという設定で、直前時間帯午後9時から10時)に放映された『ラブ・ボート』とともに当時北米人々の「夢をかなえさせるドラマとして人気があった。 さらにはテレビCMにもいくつか出演し、特に大手自動車会社クライスラー社テレビCMには、各車種のCM企業CM含めて1970年代から1980年代にかけて長年出演続けた

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