ソマリア海賊の背景
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/12 05:11 UTC 版)
「ソマリア沖の海賊」の記事における「ソマリア海賊の背景」の解説
海賊たちはもともと漁業に従事していた漁民であった者が多い。モハメド・シアド・バーレ政権時代には欧州や日本がソマリアの漁船や漁港の整備に対して援助を行っていた。マグロなどソマリア船の漁獲のほとんどは、魚を食べる習慣の少ないソマリア国内ではなく海外への輸出へと回し、外貨獲得の手段としていたが、1991年のバーレ政権崩壊後は内戦と機能しない暫定政府(無政府状態)が要因で魚の輸出が困難となった。さらに、管理のされていないソマリア近海に外国船、特に欧州の船団が侵入して魚の乱獲を行ったため、漁民の生活は一層困窮した。 1990年代に軍部と欧米の企業が結んだ「沿岸に産業廃棄物の投棄を認める」という内容の条約に基づき、産廃が投棄されるようになる。そのなかに他では処理が難しい放射性物質が多量に含まれていたため、漁師を中心とする地域住民数万人が発病。地域住民の生活を支えていた漁業もできなくなった。この結果、困窮した漁民がやむなく自ら武装して漁場を防衛するようになり、一部が海賊に走ってそれが拡大したものとする分析がある。 一方で高速船の使用・武装の程度・訓練状況に見られる海賊の態様は漁民の困窮とかけ離れたものであり、武装集団が海賊を始めたという意見もある。この見解によれば、海賊は元漁民であるとされるが、極めて良く組織化されており、もともとはプントランドの有力氏族がイギリスの民間軍事会社ハートセキュリティ社の指導の下で創設した私設海上警備隊の構成員で、この組織がアフガニスタンから流入する麻薬や小火器をパキスタンカラチ港からインド洋・ソマリアを経由し他のアフリカ諸国やイエメンに対して密輸しており、この密輸組織がやがて海賊化した経緯があるという。 2005年ごろから海賊に乗り出す組織はあったが、2007年以降海賊行為の成功率の高さと身代金の高さに目をつけた漁民らが組織的に海賊行為を行うようになり、地方軍閥までが海賊行為に参入し海賊たちから利益を吸収している。 ソマリアの海賊たちには内戦に関わる政治的動機やイスラム過激派などの宗教的動機は見られず、物資押収や殺戮ではなく人質の属する船会社などから身代金を取ることが主な目的である。海賊たちは人質に銃を突き付けるなどの荒々しい行為を行うこともあるが、金銭と交換可能な取引材料である人質に対しての暴力や虐待などはない。海賊は、2008年時点では人質にパスタや肉などの食事を与え一応生命を保証しており、たばこや酒などの嗜好品も与えている。2008年4月にフランス軍が制圧した海賊のヨットからは人質に対する虐待や強姦を禁じる「規則書」が発見されている。 ソマリア海賊を監視している東アフリカ船員援助計画(Seafarers' Assistance Programme)によれば、2008年時点で最低5つの海賊団と1000人の武装したメンバーがこの地域に存在する。海賊団内部では、海や船を熟知し船の操縦ができる元漁民が海賊のリーダーとなり、火器の扱いに慣れている元民兵が襲撃を担当し、GPSなどを使える元技術者が機械を担当しているとされる。武器の調達はイエメンからの輸入も行うが、モガディシオ市などソマリアの国内にあふれている武器も集めている。船会社からの身代金は米ドル紙幣で受け取っており、ヘリコプターから包みに入れた紙幣を指定海域へ投下する、紙幣を防水スーツケースに入れて小舟で流す、投下された現金の横取りを防ぐため身代金受け取り専門業者が海賊のもとまで運ぶ、などの方法で受け渡しがなされる。 エイルなどソマリアの海岸の町には拘束された貨物船などが停泊させられており、市内には海賊を相手にする会計士、運転手、建築業、人質への食事供給業者など様々なサービス企業が成立している。海賊らは身代金で豪邸を建て、その暮らしぶりは現地の憧れとなっている。武装した海賊の往来や酒の消費の増加で港周辺が物騒になり住民の生活が脅かされる一方で、内戦後失業状態になっていた住民にとっては海賊周辺ビジネスで大きな収入を得る恩恵にあずかっている。他方、海運業界周辺には、海賊と船会社などの間で人質解放交渉と身代金値切り交渉を行う警備会社、海賊被害に対して交渉費用や身代金などをカバーする保険を提供する保険会社も登場している。 2008年11月22日にはソマリアのイスラム法廷会議傘下のイスラム原理主義勢力の一派が、海賊に乗っ取られたサウジアラビア籍タンカー「シリウス・スター」号(en)の救出に乗り出す事態に至り、海賊と原理主義勢力の間で対立も起こっている。
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