「第5波」感染拡大に伴う政府の自宅療養への方針転換
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/16 03:21 UTC 版)
「日本における2019年コロナウイルス感染症の流行状況」の記事における「「第5波」感染拡大に伴う政府の自宅療養への方針転換」の解説
2021年7月以降、デルタ株が全国的に蔓延している「第5波」では1日における過去最多の感染者となる都道府県が続出し、高齢者と比べてワクチンの優先的な接種に及んでいない若・中年層の増悪による入院搬送が増加傾向であり、特に東京都では入院調整が難航するなど緊急医療体制が逼迫を極めている。 菅義偉首相は8月2日、逼迫する新型コロナウイルス感染症の医療体制について「重症患者や重症リスクの高い方以外は自宅での療養を基本とし、症状が悪くなれば入院できる体制を整備する」と発言し、小池百合子東京都知事も「基本的に入院は中等症以上という仕分けになっている。宿泊療養、ホテル、自宅での療養がより安全になるために指示もしている」と答え、政府はこれまでの原則入院から中等症の人の一部を自宅療養とする、事実上の方針転換を決めた。さらに田村憲久厚生労働大臣は「重症リスク、例えば年齢とか基礎疾患とかでも比較的症状が軽くてリスクがそれほど高くない方は、在宅ということも含めて対応せざるを得ない」と、高齢者や基礎疾患保有者でも自宅療養となる可能性を示唆した。 政府の療養方針転換に際し、識者や世論のほか、与野党からも厳しい批判が相次いでいる。 枝野幸男立憲民主党代表は、「自宅療養というのは言葉だけで、放棄としか言いようがないとんでもない状況だ」「つい先日まで『安全だ、安心だ』と政府は繰り返していた中、突然、中等症であっても病院で治療を受けるという最低限のことすらできないと言い出す。全く危機対応がなっておらず、強く憤りを感じている」と批判した。 医師でもある小池晃日本共産党書記長は自身のTwitterで、「自宅療養者のケアもできていないのに『原則自宅(療養)』とするなら、事実上の棄民政策になりかねない」「国会を開かず、専門家の意見すら聞かず、このような方針転換は絶対に許されない」と批判した。 玉木雄一郎国民民主党代表は自身のTwitterで、「今後、中等症でも重症化リスクの低い人は入院できなくなるが、このリスクを誰が判断するのか。保健所なのか現場の医師なのか?いずれにしても命の選別の責任を負うことになる。国は明確な基準を示すべきだ」と指摘した。 連立与党からも公明党の高木美智代前厚生労働副大臣は4日の衆議院厚生労働委員会の閉会中審議で、「酸素吸入が必要な中等症の患者を自宅でみることはありえない。撤回も含めて検討し直していただきたい」と田村厚生労働大臣を質した。 さらに自民党も4日に開いた新型コロナウイルス感染症対策本部とワクチン対策PTの合同会議で「自宅療養はさせないのが原則だ」「医者でなければ症状を判断できない」などと異論が噴出し、党として政府に撤回を求めることを決めた。 政府の新型コロナ感染症対策分科会の尾身茂会長は4日の衆議院厚生労働委員会の閉会中審議で、「政府とは毎日のようにいろんなことで相談、連絡、協議しているが、この件に関しては特に相談、議論したことはない」として、自宅療養方針について事前に相談が無かったことを明らかにした。 日本医師会の中川俊男会長は4日の定例会見で、「全国の医療現場からは『中等症の人が入院できないと、急変の兆しの発見が遅れ、重篤化するケースが増えるのではないか』など、懸念の声が多数寄せられている」と懸念を述べ、往診やオンライン診療は通常の診療よりも時間がかかり、自宅療養への急激なシフトは医療現場に大きな負担をもたらす。現場の医師が重症化のリスクが高いと判断すれば適時適切に入院できるよう、政府にも対応してほしい」と要望した。 インターパーク倉持呼吸器内科の倉持仁院長は3日に出演したTBSテレビ『Nスタ』で、「中等症2とかで治療に介入していてはもう間に合わない。より早い段階で治療に介入しなければいけないので抗体カクテル療法を承認したはず。その治療は軽症者のうちにしなければならないが、入院しなければ薬は使えない。言っていることがめちゃくちゃです」と菅首相、小池都知事を厳しく批判した。 埼玉医科大学総合医療センター総合診療内科の岡秀昭医師は、「この政策を進めるためには、40、50代のワクチン接種を進め、重症化する率をもっと下げる必要がある。ですが、この年齢のワクチン接種はまだ進んでいません。他方で、機能する重症病床をもっと増やす必要がありますが、スタッフも設備も揃える必要があり、すぐには対応できるものではない。非常に危険な勇み足だと思います」として「今回の政策は感染者を増やすことにつながるのでは」と政府の方針転換に対して危惧する見解を述べている。 このような批判に対して、菅首相は4日の記者の取材に「(対象は)東京や首都圏などの爆発的感染拡大が生じている地域で、全国一律ではない」と説明。「中等症でも重症化リスクのある方は入院していただく。自宅患者もこまめに連絡を取れる態勢を作り、悪化したらすぐに入院ができる」と理解を求めたうえで、「今回の措置は必要な医療を受けられるようにするためで、理解してもらいたい」と撤回しない方針を表明した。 一方で、田村厚生労働大臣は5日の参議院厚生労働委員会の閉会中審議で、「中等症は原則入院だ」「(肺炎で息苦しければ)入院するのは当たり前」と答弁し、政府方針に対する世論の不安に対して答弁を軌道修正しており、同日に政府は与党間の実務者協議で、与党の撤回要求を踏まえて説明資料を「入院は重症患者、中等症患者で酸素投与が必要な者、投与が必要でなくても重症化リスクがある者に重点化」と修正し、中等症でも原則入院の対象とすることを明確化することで事実上の方針修正に追い込まれた。 菅義偉首相は自宅療養者が酸素の投与が必要になった場合に『酸素ステーション』を設置して対処する体制を構築することを明言しているものの、医療関係者からは「自宅療養が長引き、症状が悪化した自力で動けない人をどう搬送するのか」という課題や「保健所が健康観察や緊急時の対応を一手に担っていることで、医療機関との接点がない在宅患者が増えており、保健所に連絡がとりづらくなり、結果的に救急要請が増える悪循環が起きている」という制度面の問題を指摘する意見もあり「即効性は期待薄」との見方がある。酸素ステーションを考案したとされる神奈川県医療危機対策統括官の阿南英明は「酸素ステーションは、あくまでもその人の病床が確保されるまでの時間稼ぎ。最終的なゴールというのは、やはり病床の拡大」であり、酸素ステーションは「使うべきではないです。使うような事態は異常」と語り、「酸素ステーション作れば解決するなんて、とんでもない」と菅の発言を厳しく批判している。
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