解散に至る経緯とは? わかりやすく解説

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解散に至る経緯

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/12 16:42 UTC 版)

長崎セインツ」の記事における「解散に至る経緯」の解説

発足時球団側は一試合平均1400名の動員目標としていた。しかし、開幕直後敗戦続いたこともあって客足伸び悩み初年度入場者数40試合20,621人(1試合平均515人)であったリーグでは4番目であるものの、球団存続の危機見舞われ前年高知とほぼ同水準であった。 これに加えて運営面では支援企業獲得球団予想したほど進まなかった。開幕前の2008年1月球団関係者長崎県金子原二郎知事挨拶に趣いた際に、支援企業獲得でのサポート要請したほどである。長崎市佐世保市島原市離島という4つ経済圏分かれる長崎県においてはセインツは「佐世保チーム」といわれて支援企業獲得難航している面もあると報じられた。解散後地頭薗への取材では、企業自治体への支援要請に対して「なぜこんなことをやってるの?」「お金持ってるんでしょ?」といった対応を受けたという。 これらに対して球団側は長崎市予定されていた4試合佐世保での開催切り替えるなどの経費削減策を講じたが、大きな改善には至らず、月1千万とされる運営費にも影響が出かねない状況となったこのため2008年9月には、集客予想下回る中でこのまま支援得られない状況続けば、来シーズンからのリーグ脱退あり得るという報道なされたリーグ鍵山CEOは「要請があれば資金援助を行う」とコメントしたが、地頭社長スポンサー探し可能な限り続け意向示した結局2008年度は約3,500万円赤字計上し10月29日リーグから2000万円援助を受ける形で来シーズンリーグに残ることが発表された。一方自前バスによる遠征安価な公共宿泊施設利用加え支配下登録選手の数を2008年より5人少な22人に減らすといったさらなる経費削減策も示された。 2009年7月経営安定化を図るために経営パートナー広く全国から募集することを発表したまた、かつて広島カープ球団存続をかけて行われた「たる募金」にあやかる形で球場などで募金活動を行うことも明らかにされた。これに際しては、同じく広島MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島建設のためにおこなわれた平成のたる募金」で使用されたたるを、保管していた中国新聞社から借り受けている。しかし、不況に伴いリーグからの分配金前年3000万円か100万円に激減したことやスポンサー支援減少したことに加えて、これらの対策効果現れず、各種経費の未払や職員給与遅配続いたため、2009年8月には再びリーグ撤退恐れ出ていると地元紙で報じられた。経営危機の表面化後、たる募金の額が急増して8月末で100万円を突破し球団側は「存続全力尽くしたい」とコメントした10月になって大手企業との業務提携新規スポンサー獲得により、資金調達のめどが立ったとして来季リーグ参加する見通しであると報じられた。 2009年度入場者数前年比4,559人増の25,180人(1試合平均630人)で、リーグ内では前年より増加した数少ないチームとなったが、同年度の売上高4700万円に対して収支最終的に昨年度より多い、約5000万円赤字となった2010年3月球団首脳から「通年参加きわめて厳しい」という報告リーグにあった報じられた。県内企業からの新たな出資獲得できず、リーグ分配金含めた収入見込み2600万円程度にとどまる見通しで、最悪場合前期途中で撤退あり得るとされた。 5月入り球団負債1億円を越え破産宣告可能性もあるとの報道なされた地元佐世保市は「公費での支援は困難」としながらも、4月以降支援のために市職員230人が後援会入会した朝長則男市長より、地頭社長に伝えられた。地頭社長は「現状では(7月からの)後期戦い切るのは難しいが、いけるところまで頑張りたい」と述べた懸念され前期での休止回避されたものの、前期平均動員数422人(前年前期605人)と厳しい状況続いていた。 9月20日経営難により四国・九州アイランドリーグから撤退する方針固めた報じられる。この時点2010年度スポンサー収入250万円とどまっている。9月24日リーグ正式に申請9月29日開催されリーグ理事会で、リーグからの脱退正式に決まった選手のうち、希望16名が10月13日救済ドラフト他球団指名対象となり、うち8名が指名された。残る8名は改め新人選手としてトライアウトを受けることができる。他球団指名受けた8名のうち7名は10月28日までに入団内定したが、1名は条件折り合わず任意引退となった10月1日地頭社長佐世保市役所記者会見し、今シーズン限りチーム解散して早ければ10月下旬にも破産手続きに入ると発表した12月3日長崎地方裁判所佐世保支部より破産手続開始決定受けた負債総額は約1億5千万円。 これによって、四国・九州アイランドリーグリーグ戦参加する九州球団なくなった2010年度入場者数前年比10,146人減の15,034人(1試合平均396人)であった

※この「解散に至る経緯」の解説は、「長崎セインツ」の解説の一部です。
「解散に至る経緯」を含む「長崎セインツ」の記事については、「長崎セインツ」の概要を参照ください。

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