協会解散に至る経緯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/15 09:59 UTC 版)
「福井県太鼓協会」の記事における「協会解散に至る経緯」の解説
1980年代から日本各地で和太鼓ブームが到来している最中、全国を一律に網羅するべく大規模な和太鼓団体組織(旧「全日本太鼓連盟」・現「財団法人日本太鼓連盟」)が作られつつあった。当然ながら、福井県太鼓協会に対しても全国組織への加盟要請があったが、協会創立者である高山は地域風土ごとの伝統と特色や和太鼓チームごとの個性、各奏者ごとの個性が失われること。換言すれば、地域を越えて和太鼓文化や奏法が画一化されることを危惧し、あえて高山自身が最初に協会から身を引くことをもって、協会参加チーム各々に加盟判断の自由性を委ねた。これを発端として福井県太鼓協会は実質的に解散への道をたどるに至った。 高山は全日本太鼓連盟から特別に加盟要請を受けていたが、自身の考えを終始一貫変えず固辞し続けた結果、福井県太鼓協会引退を決断した経緯がある。
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