行動研究における利用
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/01 04:27 UTC 版)
唾液検査には臨床心理学および実験心理学における用途もある。唾液からは人間の行動および感情、発達に関する情報を読み取ることが可能なため、不安障害や抑うつ、PTSD、その他の行動障害の心理現象の調査に使用される。コルチゾールおよびα-アミラーゼの状態はストレスレベルを示すものであり、これらの検証が主な目的となる。唾液中コルチゾールの増加はストレスレベルの高まりと相関するため、ストレス指標として適している。コルチゾールレベルは時間経過と共に緩やかに上昇し、基準レベルに戻るのに時間がかかる。つまり、コルチゾールレベルは慢性ストレス(英語版)と相関関係にあることを示している。一方、α−アミラーゼレベルは、ストレスが生じると素早く上昇し、解消されると直ちに基準レベルに戻ることから、急性ストレス反応の研究に有効とされる。唾液サンプルは通常、刺激誘発された被験者がストローを通して採取管に唾液を垂れ流す(流涎)ことにより採取される。同時にストレスホルモンレベルの変化も数分おきに計測される。唾液サンプルの収集は非侵襲性であるため、検査結果を歪めかねない被験者の検査対象とは無関係なストレスを引き起こさないという利点がある。 コルチゾールレベルと心理現象との関係に関する詳細な研究から、生命に関わる状況(例: 病気)や鬱、社会的または経済的な困難にある場合、非常に高いコルチゾールレベルとなることが分かっている。被験者が不安を誘発された状況において、高いコルチゾールレベルと心拍数の上昇や発汗、皮膚コンダクタンス反応など、身体的な緊張状態とが一致している。また、コルチゾールの基準レベルと攻撃性との逆相関も認められた。このように、唾液中コルチゾールレベルは、他の多くの心理プロセスに対しても見識をもたらす可能性がある。 唾液中α-アミラーゼレベルにより、交感神経副腎髄質系(英語版)(sympathoadrenal medullary(SAM))の活動を非侵襲的に調査することが可能になる。他の調査方法としては、電気生理学的な装置の使用や、血漿の分析によるものとなる。唾液中のα-アミラーゼレベルは自律神経系の活動の高まりと相関関係にあることが分かっており、ノルアドレナリンホルモンと同様の反応となる。また、α-アミラーゼと競争との関連性も明らかにされている。α-アミラーゼレベルは競争時に変化するが、競争の事前には変化しない。さらに、α-アミラーゼレベルの検査から、似た経験をした人々の間で反応挙動に差異があることが確認されている。 唾液検査は、将来の心理学研究においてより広範に利用される有用なツールになると考えられるが、一方でサンプルの採取や処理コスト、検査自体の信頼性など、留意すべき難点もある。また、コルチゾールレベルの個人内変動および個人間変動は大きく、研究の結論を下す際に考慮が必要となる。 個人内および個人間変動の原因となる変異に関する調査が多数行なわれた結果、コルチゾールレベルに影響を与える変異としての膨大な交絡因子の羅列が生み出されることになった。 コルチゾールレベルは1日のうち時間帯によって変化するため、日内変動(英語版)は個人内変動の主要な要因となっている。一般的な昼夜の生活を送っている成長期にある人は、睡眠前の数時間に最もコルチゾールレベルが高くなる。この高まりは、起床時の活動、また食欲を刺激するための準備と考えられている。また日内変動は心理状態の影響も受け、内気な子供が早朝に、鬱状態の青少年は深夜に、女性が午後2時から4時の時間帯に、それぞれコルチゾールレベルが上昇するなどの例がある。この現象は、感情や鬱症状を理解する上で重要と考えられる。 個人内および個人間変動に影響を与えるその他の変異は以下の通りである。但しこれらは包括的なものではなく、多くはさらなる調査や論議による進展が期待されるものである。 年齢は個人間変動の主要な要因となる。複数の研究において、子供および青少年の成長に伴うコルチゾールの強い活性が報告されている。 性別はコルチゾールの基準レベルへ影響があることが分かっており、個人間変動の原因となる。一般的なストレス状態では、男性のコルチゾールレベルは女性に比べ約2倍にまで上昇する。しかし、社会的ストレス状態(社会的排斥への直面)においては、男性に比べ、女性のコルチゾールレベルが大幅に高くなる傾向にある。 月経周期は体内のコルチゾールレベルに影響を与え、個人内および個人間変動の原因となる。黄体期の女性は男性と同等のコルチゾールレベルであるという報告もあることから、排卵が無い女性と男性の間にはコルチゾールの基準レベルに差異がないことが示唆される。月経中および経口避妊薬(英語版)服用中の女性は、男性および黄体期の女性に比べ、コルチゾールレベルが著しく低いという報告がある。 妊娠は体内のコルチゾールレベルを上昇させる。また、授乳期には、たとえ母親が心理的ストレスに曝されたとしても、コルチゾールレベルが下がることが知られている。 ニコチンは視床下部-下垂体-副腎系(HPA軸)を刺激することから、体内のコルチゾールレベルを上昇させることが知られている。2本以上を喫煙後の唾液中コルチゾールレベル上昇は著しい。 また、常喫煙者における心理的ストレスに曝された際の唾液中コルチゾール反応は鈍くなる。 食品がコルチゾールレベルに影響することが分かっている。タンパク質の存在によりコルチゾールレベルが上昇する。この変異は夕食時に比べ昼食時に著しくレベルが上がるなど、日内変動の影響を受けることが多い。また、食事後のコルチゾールレベルは、男性に比べ女性の方が高くなる。 飲酒やカフェイン摂取とコルチゾールレベルの関係を調査した複数の研究において、これらが関連することが示されているが、結果は複雑であり、今後の調査が待たれる。 激しい、または長時間の運動は、コルチゾールレベルの上昇を引き起こす。短時間に軽い運動を行った場合のコルチゾールレベル上昇は僅かとなる。 ストレスを与える刺激に繰り返し曝された場合、体内のコルチゾールレベルは横ばい状態となる。 出生体重はコルチゾールの基準レベルと逆相関関係にある。低出生体重児は高水準のコルチゾールレベルとなる。 社会階層における地位がコルチゾールレベルに影響を与えることが知られている。63人の陸軍新兵を調査したある研究において、ストレスや体力訓練を経験後、社会的低位の被験者の唾液中コルチゾールレベル上昇が僅かであったのに比べ、高位の被験者では高くなった。 複数の薬物(糖質コルチコイド、向精神薬、抗うつ薬など)が体内のコルチゾールレベルに影響を与えることが知られているが、これらの関係を調査した研究の結果は一致していない。薬物によるコルチゾールレベルへの影響は、さらなる研究が期待される。
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