系統分類と同定
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/25 04:07 UTC 版)
類似性に基づいて生物に名前を付けてグループ化し、細菌種の多様性を説明しようとすることは、分類と呼ばれる。細菌は、細胞構造(直接観察による構造的・解剖学的性質)、細胞代謝(最終電子受容体など、代謝系に関わる生理・生化学的性質)、あるいはDNAや脂肪酸、色素、抗原、キノン、などの細胞成分の違いに基づいて分類することができる。このスキームは細菌株の識別と分類を可能にしたが、実際のところこのような観察可能な違いは、種間の違いを表しているのか、あるいは同じ種内での株間の違いを表しているに過ぎないのか、などを判断することは困難である。このような不確実性が生まれる原因としては、ほとんどの細菌は特徴的な構造を持っていないことや、無関係の種間でも遺伝子水平伝播が発生していまうことが挙げられる。また逆に、遺伝子の水平伝播により、密接に関連する細菌であっても、形態や代謝が大きく異なるものも知られている。 このような不確実性を克服するために、現代の細菌分類では、DNA中のグアニン・シトシンの比率(GC含量)やゲノム-ゲノムハイブリダイゼーション(DNA-DNA分子交雑法)などの遺伝学的手法、およびrRNA遺伝子のように水平伝播が発生しにくく生物に保存されやすい遺伝子の配列情報を利用して、分子系統を解析することが広く行われている。細菌の分類は、International Journal of Systematic Bacteriology およびBergey's Manual of Systematic Bacteriologyに掲載されることで定義される。国際原核生物分類命名委員会(International Committee on Systematics of Prokaryotes; ICSP)は、細菌や分類学的カテゴリの命名とその階層化のための国際ルールを、国際細菌命名規約として策定している。分類には属以上の単位として科、目、綱、門、界、ドメインなどが与えられている。 歴史的には、バクテリアはかつて植物界であるPlantaeの一部と見なされ、「Schizomycetes」(分裂菌)と呼ばれていた。そのため、宿主内の集団細菌やその他の微生物は、しばしば"flora"(「植物相」)と呼ばれる。また、「細菌」という用語は伝統的に、全ての微視的な単一細胞の原核生物に適用されていた。しかしながら分子分類学の発展により、原核生物には2つの別々のドメインから構成されていることが分かっている。この2つのドメインは、元々は真正細菌(Eubacteria )と古細菌(Archaebacteria)と呼ばれていたが、現在は細菌(Bacteria)と古細菌(Archaea)と呼ばれて、両者は共通祖先から分岐し独立に進化してきたものだと考えられている。そして真核生物は、細菌よりも古細菌により近縁なドメインであると考えられている。細菌と古細菌という2つのドメインは、真核生物と併せて、3ドメイン説の基礎となっており、今日の微生物学分野においても最も一般的に受け入れられている分類システムである。とはいえ、分子系統学は比較的近年に導入された手法であり、利用可能なゲノム配列の数は今日でも急速に増加しているため、細菌分類は頻繁に変更され拡大している分野である。 医学分野においては、感染を引き起こす細菌種によって異なる治療法が選択されることがあるため、実験室での細菌の同定が重要になる。そのため、「人間の病原体を特定する」ということは、細菌を特定する技術を開発する上で主要な推進力となってきた。 1884年にハンス・クリスチャン・グラムによって開発されたグラム染色法は、細胞壁の構造的特徴に基づいて細菌を特徴づけることができる。グラム陽性細菌では細胞壁のペプチドグリカンの厚い層は紫色に染まり、逆にグラム陰性細菌の薄い細胞壁はピンク色に見える。細胞形態とグラム染色を組み合わせることにより、ほとんどの細菌は、4つのグループ(グラム陽性球菌、グラム陽性球菌、グラム陰性球菌、およびグラム陰性桿菌)のいずれかに属するものとして分類することができる。いくつかの系統ではグラム染色以外の染色方法がより同定に適していることが知られている。例えばマイコバクテリアやノカルジアは抗酸菌であり、抗酸染色によって識別することができる。細菌系統によっては単純な染色では同定できず、特別な培地での培養や血清学などの他の技術も利用する必要がある場合もある。 培養は、サンプル内で他の細菌の増殖を制限しながら、特定の細菌のみ増殖を促進し識別できるようにするための技法である。これらの技術はしばしば、特定の検体サンプルを対象として設計される場合がある。たとえば、肺炎の原因菌を特定するために喀痰サンプルを利用する手法や、下痢の原因菌を特定するために便検体を選択培地で培養する手法などがある。一方で、血液、尿、髄液など、通常は無菌である検体は、考えられる全ての生物を増殖させるように設計された条件下で培養される。病原性生物が分離されると、その形態、成長パターン(好気性または嫌気性成長など)、溶血のパターン、および染色によって、さらに詳細な特徴づけが可能となる。 細菌の分類と同様に、細菌の同定にも分子生物学的な手法や質量分析法を利用した手法が使われる。地球上の大半の細菌は未だ特徴付けられておらず、また実験室で培養することが困難であると考えられている。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)などのDNAベースの診断手法は、培養ベースの方法と比較して特異性や診断時間の短縮化の点で優位である。これらの方法はまた、代謝的に活性であるが分裂しない生存可能であるが培養不可能な細胞(VNC)の検出と同定も可能にする。しかし、これらの改良された方法を使用しても、膨大に存在すると考えられる細菌種の総数を見積もることは困難である。2011年の段階で、細菌や古細菌には9,300弱の原核生物種が分類として報告され登録されている。しかし、細菌多様性の真数を推定した研究では合計で107~1010種いると予想されており、さらにはこの数字でさえ何桁も過小評価している可能さえある。 近年では、16SrRNAだけでなくゲノム規模の比較に基づいてより正確な分類を目指す動きが活発となっている(例えばGTDB)。その結果、古典的によく知られた細菌の分類が解体されることも珍しくなく、現在も絶えず新しいグループの追加と既存のグループの書き換えが進んでいる(例えばデルタプロテオバクテリア)。GTDBによれば、2021年7月時点で、127の門(Phylum)が記載されている。
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