汎バビロニア主義
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汎バビロニア主義(はんバビロニアしゅぎ、Panbabylonism、パンバビロニズム)は、ヘブライ聖書、ユダヤ教の起源をバビロニア文化及びバビロニア神話とするアッシリア学、宗教学の学説。19世紀提唱され、アレフレート・イェレミアス(Alfred Jeremias)の貢献もあり20世紀初頭に普及。聖書は、メソポタミアの創世神話『エヌマ・エリシュ』に由来していると考えられる。
バビロニア神話と『創世記』の比較
バビロニア神話、『エヌマ・エリシュ』 | 『創世記』 | |
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発生時期 | 紀元前2100年 | 紀元前1300-1200年 |
宇宙観 | 地球平面説[1]: | |
記述の始まり方 | 同一。 | |
物語の進行: | 異なる | |
世界創世の期間 | 『エヌマ・エリシュ』:神々6世代で世界を創世 | 『創世記』:6日間で世界を創世 |
人の創造 | 神々は、人の創世の前に意見を尋ねる。(6:4) | エロヒムは、自分の印象でつくる。"Let us make man in our own image..." (Genesis 1:26) |
人の創造の時期 | マルドゥクは6日目に人を土から創世。 | エロヒムは6日目に人を創世 |
神の休息 | マルドゥクは、人の創世の後、休息。 | エロヒムは、人の創世の後、休息。 |
単一神教 | 一神教 | |
原初の世界 | 創造の前には水だけが存在。無形、空。(the tohu wa bohu of Genesis 1:2) (Genesis 1:6–7, Enûma Eliš 4:137–40) |
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「光」「時」の誕生 | 昼と夜が「光」を生み、「時」を司る発光体の誕生を進める (Gen. 1:5, 8, 13, and 14ff.; Enûma Eliš 1:38) (Gen. 1:14; Enûma Eliš 5:12–13). | |
蛇 | 若さを取り戻す魔法の植物を盗む。→ ギルガメシュは不死を失う。 | エデンの園で、エヴァに知恵の樹の実を食べるように勧める。神の警告に反し、蛇は「それを食べても死なず、神のようになる」とイブに話す(Genesis 3:4-5)。→ アダムとエヴァは不死を失う。 |
純血の喪失 | エンキドゥは、自然と調和しながら暮らしている。エンキドゥがシャムハット(Shamhat)と交わる。シャムハットは「エンキドゥが賢く、神のようになった」と言う。シャムハットは、エンキドゥのために服を作り、人間の食べ物を与える。エンキドゥはウルクへ行き文明と出会う。 | アダムとエヴァは、自然と調和しながら暮らしているが、知恵の樹の実を食べると自然から独立する。彼らは恥を逃れるために衣服を着る。禁じられたものを食べ、神の罰を受ける。新しく踏み入れる土地には苦難が待っている。 |
不死の拒否・喪失 | アダパ(Adapa)は、知恵を持ち、天国で不死の食べ物を拒否する[2][3]。 | アダムとエヴァは、知恵の樹の実を食べて不死を失う。 |
ギルガメシュと「主(Jesus)」 | ギルガメシュは、神の血統を持つ。2/3 が神の血統。 | 「主(Jesus)」は神と人間の合わさったもの。 |
洪水物語の比較
ギルガメシュ叙事詩(11版 84-85) | 創世記(6-9、18-19) | |
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共通点 | ||
神の怒り | ||
英雄は大洪水が起こると、前もって神の警告を受ける。 | ||
英雄は神から具体的な船の作り方の説明を受ける。ウトナピシュティム:「船の床面が正方形」(Tablet XI 24 and 28-30)。(Genesis 14-16) | ||
英雄は自身の家族と動物を乗船させる。 | ||
英雄は洪水の具合を確かめるために、長い昼夜、雨の後に3羽の鳥を放つ。(Tablet XI 145-154) (Genesis 7-11) | ||
山の頂上に着地 | 洪水が引き始めると、船は山の頂上に着地。バビロニア神話;ニシル山。聖書:アララト山 | |
事後 | ギルガメシュは洪水後、不死を求める冒険の途上にウトナピシュティム(Utnapishtim)と彼の妻に出会う。 | |
きっかけ | エンリル神が人間の騒々しさを静めるために洪水で彼らを破壊することを決めるが、エア神(Ea)は人間が可哀想に思い、ウトナピシュティムと彼の家族を救う。 | 神が地をきれいにするために洪水を起すことを決める。 |
物語の結末 | ウトナピシュティムと彼の妻は、試練を乗り越えたとして神から不死を授かり、楽園に住む。 | ノアは神から二度と洪水を起さないと、虹の契約を受ける。 |
脚注
- ^ a b Seeley 1991, pp. 227–240 and Seeley 1997, pp. 231–55
- ^ Adapa: Babylonian mythical figure
- ^ Liverani, Mario. Myth and Politics in Ancient Near Eastern Historiography. Cornell University Press (August 30, 2007) (Ch1 Adapa, guest of the Gods pp.21-23) [1]
関連項目
- Assyro-Babylonian religion
- ギルガメシュ洪水神話 (Gilgamesh flood myth)
- ギルガメシュ叙事詩
- ゼカリア・シッチン
- 比較神話学
- ペイガニズム
- 創世神話
- フリードリヒ・デーリッチュ
外部リンク
- The Development, Heyday, and Demise of Panbabylonism by Gary D. Thompson
- Comparison of Genesis with creation stories in the Near East by Dr. David Livingston
汎バビロニア主義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/17 05:20 UTC 版)
「メソポタミア神話」の記事における「汎バビロニア主義」の解説
19世紀後半に発展した理論である汎バビロニア主義ではタナハの多くの説話、旧約聖書、クルアーンは、この地域一帯を数世紀にわたり支配していたメソポタミアの神話上の歴史をベースにして、そして影響を受けて書かれたと信じられている。特にエヌマ・エリシュは天地創造と比較される。エステルの物語はアッシリア・バビロニアの時代にルーツを求めることができる。大洪水とノアの方舟はギルガメッシュ叙事詩の影響が指摘されている。聖書のニムロドの物語は実在したアッシリアの王トゥクルティ・ニヌルタ1世が或いはアッシリアの戦争の神ニヌルタが元になっていると考えられている。またリリスはアッシリアの悪魔リリツ(Lilitu)が、バベルの塔はアッシリア、バビロニアのジッグラトが元になっていると考えられている。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教も聖書が部分的に異教徒の聖典に由来するものだという主張に関して議論している。弁証学者は聖書のメソポタミアの神話との類似性よりも、違いにこそ重要な意味を見出している。彼らは聖書の物語にはメソポタミアの文献から直接引用された部分は存在しないとしている。すなわち、双方の聖典がさらに古い何らかの文献から個別に発展した可能性を指摘している。例えば洪水の物語は世界中ほとんどすべての文化のなかに見ることができ、そこにはメソポタミアと直接のかかわりを持たなかった文化も含まれる。また別の弁証学者によれば、メソポタミアの神話は、シンプルな聖書の物語に比べて美しく潤色されている。1968年にはシンプルな聖書の記述に近い創造神話の物語が記された粘土板がエブラ(Ebla)で見つかった。当初メディアはペティナト(Pettinato)や他の学者が綿密な調査に先立って発表した仮説に基づき、エブラの粘土板と聖書との関係をセンセーショナルに伝えた。しかしこの仮説は現在全く実態の無い主張であり人々を混乱させたとして広く否定されている。聖書の歴史研究におけるエブラの粘土板の重要性は低いというのが現在は大ねむ一致した見解である。 ペルシアのダリウス1世(Darius I)の戦いを描いた紀元前520年から519年の碑は一見すると西アジアにおける最初のゾロアスター教の痕跡のように見える。碑には翼の生えた日輪とその中に人が配置されたシンボルが描かれている。これはアッシリアでは国の神アッシュールを表していた。一方でアケメネス朝の彫刻ではアフラ・マズダを、または王国それ自体、あるいは支配者の守護神を表わすシンボルであった。 メソポタミアの文献には3つの海運都市が描かれている。ペルシア湾のディルムン(Dilmun)、パキスタンのメルッハ(Meluhha)がすべてアッカドのサルゴンによる文献の中に触れられている。さらにメソポタミアの儀式や習慣、単一神教という性質には現代のヒンドゥー教との類似性が見られる。直接結びつけることは大胆に過ぎるが、ポセル(Possehl)をはじめとした学者は複雑な古代インドの宗教がメソポタミアの宗教との類似性を持っていた可能性を指摘している。この場合洪水の物語や世界を3つに分ける考え方、神々と悪魔のもつ役割を深く掘り下げる必要がある。
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