摩氣神社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/31 03:06 UTC 版)
摩氣神社(まけじんじゃ)は、京都府南丹市園部町竹井にある神社。式内社(名神大社)で、旧社格は府社。
- ^ a b c d e f g h 『日本の神々』。
- ^ 社伝では丹波地方の唯一の北面神社とするが、宗神社等の他の例も存在する。
- ^ 出口延経『神名帳考証』等。
- ^ a b c d e f g h 『式内社調査報告』。
- ^ 摩気郷十一ヶ村とは下新江(現園部町仁江。以下同)、船阪(園部町船阪)、大西(園部町大西)、宍人(ししうど)(園部町宍人)、半田(園部町半田)、黒田(園部町黒田)、横田(園部町横田)、大村(園部町城南町)、口八田(くちはった)(京丹波町口八田)、口人(園部町口人)、口司(こうし)(園部町口司)の11村を指す。「摩気郷十一ヶ村の総鎮守」とされる場合は口人と口司村は除かれる。
- ^ 『文徳天皇実録』同年11月甲辰(12日)条。
- ^ 立券文(土地の売買契約書)に付せられた天暦6年(952年)5月25日追記の保証人中。
- ^ 延喜17年4月27日付「丹波国某郷長解」(『平安遺文』215)。
- ^ 明暦3年(1657)の『吉祥山縁起』、寛文2年(1662)の『九品寺縁起』。
- ^ 「丹波国篠村八幡宮造営段銭京済分注文」(醍醐寺文書)に「麻気社七町 分銭五貫六百文」と見える。
- ^ 『図説・園部の歴史』第2章第6節第2項。
- ^ 同寺の什物等は神社へ継承された。
- ^ a b 『京都の文化財』第2集、京都府教育委員会、昭和59年。
- ^ 八幡神社(丹波の神社[個人サイト])
- ^ a b c 『図説・園部の歴史』第7章第2節第1項。
- ^ 『図説・園部の歴史』第7章第3節第5項。
- ^ 地域文化資産ポータル、「摩気神社のお田植祭」(平成22年10月26日閲覧)。なお、「お田植え踊り」は昭和3年の昭和天皇の大嘗祭に際し、滋賀県の御上神社近辺が悠紀田と定められた際に行われたお田植え式を参考にして唄を作詞し、それに振り付けを施したものという。
- ^ 以下、本項に就いては特記するものを除き全て『図説・園部の歴史』第7章第3節第5項に依る。
- ^ かつての神事宿は、船阪の場合古く12家の特定家から選ばれ、その後当番に当たる組の家(新築の家が選ばれる例であった)から選ばれていた(『式内社調査報告』)。
- ^ 宍人の沙汰人は隔年、大西は毎年交替。
- ^ 流鏑馬は以前は早朝に行われていた(『式内社調査報告』)。
- ^ a b c 京都府指定・登録等文化財(京都府教育委員会)。
- ^ a b c d 南丹市文化財 一覧表 (PDF) (南丹市ホームページ)。
[続きの解説]
- 摩氣神社のページへのリンク