恋文
『芦屋道満大内鑑』初段 榊の前が恋人安倍保名からの手紙を読んでいると、にわかに天狗風が吹き起こる。手紙は空に飛ばされて、保名らに敵対する岩倉治部大輔の手に入る。
『落窪物語』巻1 道頼少将は乳母子(めのとご)の帯刀から、継母にしいたげられている落窪の姫君の噂を聞く。道頼は姫君に繰り返し恋文を送り、2人は内密に結婚する。ところが、姫君から道頼にあてた手紙を、帯刀が途中で落としてしまう。手紙は継母の手に渡り、継母は姫君と道頼の関係を知る〔*継母は姫君を一室に監禁し、老典薬の助が姫君を犯そうとする〕→〔老翁〕1a。
『源氏物語』「若菜下」 女三の宮は光源氏の妻となったが、柏木は彼女を思い続け、とうとうある夜、寝所に忍び入って関係を結んでしまう。光源氏が女三の宮の部屋を訪れた時、彼女は柏木からの手紙をしとねの下に隠して源氏と語らい、そのまま2人は眠る。翌朝、源氏は、浅緑色の薄様(=手紙)がしとねの端からのぞいているのに目をとめ、柏木の筆跡であることを知って、持ち帰る。
『平家物語』巻9「小宰相身投」 車に投げこまれた平通盛からの文を、小宰相は捨てることもならず袴の腰にはさんで参内し、上西門院の御前に落としてしまう。女院が文を読んで通盛の恋情を知り、2人の仲をとりもつ。
『八百やお七』(紀海音) お七が、吉三郎に愛を誓って書いた起誓文を、新発意弁長がすり取り、それを万屋武兵衛が入手する。武兵衛は、お七の父久兵衛たちの面前で起誓文を示し、お七と吉三郎の仲を暴露する。
『青い山脈』(石坂洋次郎) 終戦直後の田舎町の女学校でのこと。不純異性交遊の噂のある寺沢新子に、同級生が、県立一中の学生をよそおってにせの恋文を出し、公園に呼び出そうとする。級友たちは、新子が誘いに乗るかどうか試したのだった。これが学校中の大問題になり、議論の末、健全な男女交際は必要なものであるという新しい考え方を、生徒も教員も町の人々も理解するようになった。
『いたづら』(志賀直哉) 東京近郊の中学の教師「私(田島)」は、女好きの教師山岡をからかおうと、同僚と相談して架空の娘を作り上げ、にせの恋文を何通も山岡に送る。逢い引きの場所に娘は来ないが、山岡は娘の実在を疑わず、恋文の文面をもとに、のろけ話を「私」たちに聞かせる。山岡がまったくへこたれないので「私」たちはあてがはずれ、「父の転勤で旭川へ引っ越します」との別れの手紙を出して、いたずらを終わりにする。
『十二夜』(シェイクスピア)第2~3幕 執事マルヴォーリオはオリヴィア姫に思いを寄せている。マルヴォーリオと仲の悪いサー・トウビーたちが、オリヴィア姫の筆跡を真似た恋文を作り、マルヴォーリオに拾わせる。マルヴォーリオは有頂天になり、恋文の指示どおりに黄色の靴下に十文字の靴下留めをつけ、オリヴィア姫の前へ来てニヤニヤ笑う。オリヴィア姫は、マルヴォーリオを狂人だと思う。
『吾輩は猫である』(夏目漱石)10 金田家の令嬢富子がハイカラで生意気だというので、文明中学の生徒たちがにせの艶書を送り、その際、生徒の1人・古井武右衛門が名前を貸す。あとになって武右衛門は、「自分の名前が出たら退校になるかもしれぬ」と心配して、苦沙弥先生の家まで相談に来る。しかし苦沙弥先生は取り合わない。
★3.いつわりの恋文を受け取った人が、差し出した人に好意を持つ。
『赤西蠣太』(志賀直哉) 伊達兵部の屋敷に潜入した隠密・赤西蠣太は任務を終え、自分が醜男であることを利用し、美人の腰元・小江(さざえ)に艶書を送り恥をかいて逃げ出す形にして、怪しまれずに屋敷を去ろうとする。ところが意外にも小江が蠣太に好意を持つので、やむなく蠣太は艶書を人目につく所に落とし、面目なさに出奔するという体裁をとる。
『葬られた秘密』(小泉八雲『怪談』) お園は結婚して4年目に、幼い息子を残して病死した。葬儀の後、お園の幽霊が、部屋の箪笥の前にたたずむようになり、家族たちは怖がる。檀那寺の和尚が幽霊に問いかけて、お園が成仏できない理由を知る。お園は独身時代に1通の恋文をもらったことがあり、それを箪笥の引出しの敷紙の下にしまっておいたのだった。和尚が「寺で恋文を焼こう」と約束すると、幽霊は現れなくなった。
★5.女郎が、「あなたと夫婦になります」との起請文を、三人の客に与える。
『三枚起請』(落語) 猪之助が、女郎の喜瀬川からもらった「年季が明け候えば、あなたさまと夫婦になること実証也」という起請文を、棟梁に見せて自慢する。棟梁は驚いて、「おれも同じ起請文を喜瀬川にもらった」と言う。そこへやって来た清造も、「起請文をもらった」と言う。3人は、喜瀬川の所へ文句を言いに行く。喜瀬川はいろいろ言い訳をしてごまかそうとするが、最後には、「私たち女郎は客をだますのが商売だ」と開き直る。
『葉桜と魔笛』(太宰治) 18歳の妹が腎臓結核で臥し、「私(姉)」は妹の箪笥の中に、M・Tという男からの手紙の束を見つける。M・Tは妹と身体の関係を持ちつつも妹を捨てたらしかったので、「私」はM・Tの筆跡を真似て、妹を励ます手紙を書く。しかし妹は、「1昨年から1人であんな手紙を書いて、自分宛てに投函していたの」と打ち明け、死ぬ。
『代作恋文』(野村胡堂) 売れない青年作家・東野南次は、論文から小説まで、あらゆる文書の代作業を始める。幽里子(ゆりこ)という美女が現れ、恋文の代作を依頼する。彼女は「ある男性」への思慕を語り、それをもとに南次は恋文を書く。実は幽里子の恋の対象は、東野南次なのだった。彼女は講演会で南次の話を聞いて以来、彼を恋し、代作にかこつけて自分の思いを南次に訴えたのである。南次は知らずして、自分宛ての恋文を書いていたのだ。
『今昔物語集』巻30-1 平中(=平定文)は、本院の大臣に仕える女房・侍従の君に懸想したが、彼女は恋文の返事さえくれなかった。平中は「せめて、『見つ(=この手紙を見た)』という2文字だけでもいいから、御返事をたまわりたい」と訴える。すると侍従の君は、平中の手紙の「見つ」という2文字を破り、紙に貼りつけて送り返した。
★8.開封されなかった恋文。
『軒もる月』(樋口一葉) 職工の妻である袖は、かつて小間使いとして桜町家に奉公していた。袖は桜町の殿に寵愛され、今もなお、殿からの恋文がしばしば届く。しかし袖はそれらを読むことなく、葛籠(つづら)の底に納める。ある夜、夫の帰りを待ちつつ、袖は思い立って、殿からの恋文を次々に開封し、合計12通をすべて読む。読み終えると袖は高く笑い、「やよ(=さあ)殿、今ぞ別れまいらする」と、12通を破り捨てて火にくべた。
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