十字架
『黄金伝説』64「聖十字架の発見」 エデンの園の善悪を知る木の1枝が、アダムの墓に植えられた。小枝は成長して大木になるが、ソロモンの代に切られ、いったん、ある沼に渡す小橋となり、後、地底深く埋められてそこに池が掘られる。イエス受難が近づいた頃、木はひとりでに浮かび上がってきて、ユダヤ人たちがこれを拾い、主(=イエス)をつるす十字架を作った。
『ヨハネによる福音書』第19章 死刑の判決を受けたイエスは、自ら十字架を背負い、ゴルゴタ(=されこうべの場所)という所へ向かった〔*第20章で、イエスの復活を聞いた弟子トマスが、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、わたしは信じない」と言う。ここから、イエスの両手は釘で十字架に打ちつけられたことがわかる。他の福音書には、釘跡の話はない〕。
★2a.十字架の力。
『黄金伝説』109「聖ドナトゥス」 皇帝テオドシウスの息女が悪霊にとりつかれた。聖ドナトゥスが「悪霊よ。このかたの身体から出て行け」と命ずると、悪霊は「あなたの下げている十字架(くるす)から私の方へ、火が噴き出してきます。恐ろしくて、どこから出て行ったらよいのかわかりません」と言う。聖ドナトゥスが出口を作ってやると、悪霊は息女の身体から出て、教会の建物を震わせながら、逃げて行った。
『ジョニー・クロイと人魚』(イギリスの昔話) 人魚が夫ジョニーと7人の子供を連れて、海の世界へ帰ろうとする(*→〔人魚〕1b)。出発の前夜、7人の子供の末子である赤ん坊が、祖母(=ジョニーの母)の家で眠っていた。祖母は針金で十字架を作り、火で熱して、赤ん坊の裸の尻に押し当てる。翌朝、人魚が赤ん坊を抱き上げると、両腕が焼けつくように痛み、人魚は悲鳴をあげて身を引いた。人魚は赤ん坊をあきらめ、夫と6人の子供とともに去って行った。
『ドイツ伝説集』(グリム)533「ヴィルテンベルクの城に仕える騎士ウルリヒ」 騎士ウルリヒは、死者である婦人から「料理を食べないように」と注意されたが(*→〔食物〕2)、つい焼魚に手を伸ばしてしまう。たちまち彼の4本の指は、地獄の炎に包まれたかのごとく燃え上がる。婦人は、すばやく小刀で、ウルリヒの手に十字の切り傷をつける。血が手一面に流れ出すと炎は退き、ウルリヒは難を逃れた。
*十字の聖痕(スティグマ)→〔傷あと〕1bの『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」。
*指で十字の印を作る→〔唾〕1bの『黄金伝説』104「聖ペテロ鎖の記念」。
★3.聖者の口から十字架が出る。
『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」 在俗司祭シルウェステルが、「黄金の十字架が聖フランキスクスの口から出てくる」との夢を見た。十字架の先端は天に達し、左右にのびた十字架の腕は、全世界をすっぽり抱きかかえていた。シルウェステルは感銘し、ただちに俗世を棄てて聖人の弟子となった(*聖フランキスクスの身体には、十字架型の傷あとも現れた→〔傷あと〕1b)。
*「十字架の左右の腕が全世界を抱きかかえる」というのは、→〔太陽と月〕6の『曽我物語』巻2「時政が女の事」「盛長が夢見の事」の「左右の袂に月と日をおさめる」や、→〔のりなおし〕3の『大鏡』「師輔伝」の「左右の足を東西に踏んばり内裏を抱く」という夢を連想させる。
★4.空に浮かぶ十字架。
『幻談』(幸田露伴) 1865年7月14日午後1時40分、ウィンパー一行8人が、アルプス・マッターホルンの世界初登頂に成功した。しかし下山する途中、午後3時に、一行のうち4人が深い谷底に滑落してしまった。残りの4人は、恐怖し悲嘆しつつ下山を続けた。夕方6時頃に、大きな十字架が2つ、空中にありありと見えた。4人全員がそれを見た。身体の影の投射かと疑って、彼らは手足を動かしてみたが、十字架の形は変わらなかった〔*山の怪異の物語をマクラとして、この後に海の怪異が語られる→〔釣り〕1a〕。
★5.十字架の交換。
『白痴』(ドストエフスキー) ムイシュキン公爵とロゴージンが、美貌のナスターシャをめぐって恋敵の関係になる。ある時ロゴージンは、自分の首にかけた黄金の十字架と、ムイシュキンがかけている錫の十字架を交換しよう、と言う。ムイシュキンは「嬉しいよ。兄弟の契りができたじゃないか」と喜ぶ(第2編)〔*後、ロゴージンは寝室でナスターシャを刺殺し、現場にムイシュキンを呼ぶ。2人は寝室の床にクッションを並べて横になり、話をしながら夜を明かす(第4編)〕。
★6.十字架にかけて誓う。
『グランド・ブルテーシュ奇譚』(バルザック) 伯爵であるメレ氏が夜遅く帰宅して、夫人の寝室のドアを開けようとした時、隣接する小部屋の扉が閉まる音がした。メレ氏が「誰かいるのか?」と聞くと、夫人は「いいえ」と答える。メレ氏は、夫人の持つ十字架にかけて「誰もいません」と誓わせ、左官を呼んで小部屋を封鎖した。それから20日間、メレ氏は寝室にいて、夫人が何か嘆願しようとすると、「お前は十字架にかけて、誰もいないと誓ったはずだ」と言った。
『キリシタン伝説百話』(谷真介)10「十字架を切り倒した罰」 肥前の国・有馬の海辺にある共同墓地に、大きな木の十字架が立っていた。ある時、2人の男が十字架を切り倒し、木を1本ずつ担(かつ)いで家へ持ち帰った。彼らはそれで桶を作り、残った木片は薪にして燃やしてしまった。まもなく彼らは身体に腫れ物ができ、1人は死んだ。もう1人は罪を悔いて神に救いを求めたが、神はなかなか彼を赦さなかった〔*彼らの妻たちも、井戸に落ちて死んでしまった〕(長崎・有馬)。
『日本の星 星の方言集』(野尻抱影)「クルス星(南十字)」 南十字といえば、今でも悪夢の中の幻影のように思い浮かべる人も少なくないだろう。「わたし(野尻抱影)」も、春の夜のホカケボシ(からす座)が南中するのを見ると、その下の地平線の彼方に、南十字も直立して、ガダルカナルの海底に艦を柩として沈んだ甥の墓標となっていることを、空想することがある。
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