一斉絶版問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/16 02:56 UTC 版)
イギリスでもアメリカでも、この絵本は広く受け入れられ、一時は黒人のイメージを向上させる本として図書館の推薦図書にまでなっていたが、公民権運動が進展した1970年以降に人種差別との関連性が指摘されはじめ、各地の書店や図書館から姿を消した(しかし、発売禁止や絶版の措置が取られたわけではなく、注文すれば購入できる状態ではあった)。問題とされたのは、作品の中の男の子の名前「サンボ」がアメリカ合衆国とイギリスにおける黒人に対する蔑称と共通しているということ、サンボが169枚のパンケーキを平らげる描写が「大喰らいの黒人」を馬鹿にしているのではないか、サンボの派手なファッションは黒人の美的センスを見くびっている、黒人のステレオタイプな表現などである。 日本でも1953年(昭和28年)に岩波版が登場して以来、常に人気の高い絵本であり、主要な出版社から70種類を越えるいろいろな版が出版されていた。1971年と1976年には光村図書刊行の教科書『しょうがくしんこくご 二年上』に掲載されている。1974年には児童文学家の灰谷健次郎が「おやすみなさい『ちびくろ・さんぼ』」において、差別的であると指摘しているが、鳥越信や石井桃子による「良書である」という評価が優勢であり、大きな動きにならなかった。 1988年、事実上すべての出版社がこの絵本の出版を自主的に取りやめてしまうことになった。1988年7月22日にワシントン・ポストに掲載されたそごう東京店の黒人マネキンに対する批判記事(マーガレット・シャピロ/東郷茂彦記者)を発端として海外の黒人表現を見直す動きに誘発され、当時結成したばかりの有田喜美子とその家族で構成される市民団体「黒人差別をなくす会」がこの絵本の主要な発売主である岩波書店およびその他の「サンボ」の日本語版絵本を出版していた各出版社に本書は差別的であると抗議。岩波書店はこの本を絶版にし、他の出版社もこれに追随した。当時オリンピック誘致活動を行っていた長野市では、市内の学校や家庭にある『ちびくろサンボ』の書籍を廃棄処分にするようにという要請を行ったが、行き過ぎであるという批判もあり、撤回されている。これらは、マスコミによって大きく取り上げられ、差別表現に神経質となった世論の影響が大きい。またカルピスの商標、ダッコちゃん人形など、その他の黒人表現の自主規制にも繋がった。さらにこの運動の余波を受け、1989年には堺市女性団体連絡協議会が「童話・絵本研究会」を設立し、『白雪姫』『みにくいアヒルの子』『こぶとりじいさん』などが差別的であるとして修正・改善を求める要望を各出版社に送るなど、童話に関連する差別問題は賛否両論を起こした。 こうした絶版措置を支持する声もある一方で、『ちびくろサンボ』に愛着を持つ人々からは絶版措置に不満が起った。サンボ(zambo)は南アメリカにおいて、インディオと黒人の混血を指す語であり差別語ではないとする反論や、「サンボ」「マンボ」「ジャンボ」はシェルパ族の中では一般的な人名であるという反論もなされている[誰?]。なお一部では、「発売禁止」措置が取られたかのように誤解されているが、出版社による自主的な市場からの撤退であり、発売禁止になったわけではない。日本では言論出版の自由が日本国憲法に明記されており、地方裁判所の事前抑制として、出版差し止めの仮執行を行うことが理論的には可能なことを除いては、民間や政府が「発売禁止」を行うことはできない。 またサンボの名についてはタミル人の文化から名付けられたとも指摘されている。タミルでのサンボ(Sambo)の名前自体、ヒンドゥー教のシヴァ神からの由来の名前の一つ、シャンボー(Shambho)の変化した名前であり、タミルの現地ではサンボの名前は幅広く使われている。作者のヘレン・バンナーマン自身、ヒンドゥー教を信仰するタミル人が住む南インドのタミル・ナードゥ州マドラスに在住していた事からバンナーマンもインドでイラストを描いた際、現地のサンボを視覚的に描いていたとも指摘されている。なのでサンボとは黒人の事では無く、作品に登場するサンボと言う名前のタミル人の子供の事を示しているとの指摘もある。 同様の植民地時代における黒人蔑視の思想を孕んでいると指摘される作品としては、『ぞうのババール』、『ドリトル先生』シリーズなどがあるが、それらのいずれも日本国内で絶版措置はとられていない。この事実はポリティカル・コレクトネスによる一方的な「黒人に類似した見た目」という理由だけでむしろ人種の多様性を蔑視(差別)しているエスノセントリズムによって引き起こされた文化多様性を欠く言論統制・文化浄化をはらんだ問題であるともいえる[要出典]。 2005年(平成17年)守一雄は、1988年に岩波書店がこの本を一斉に絶版にした真の理由は、この本の出版契約を正式に交わしておらず、著作権上の問題があったためではないかという指摘をしている。
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