ザックスの最終演説についてとは? わかりやすく解説

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ザックスの最終演説について

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/16 19:18 UTC 版)

ニュルンベルクのマイスタージンガー」の記事における「ザックスの最終演説について」の解説

気をつけるがいい、不吉な攻撃の手迫っている。ドイツの国も民も散り散りになり異国虚仮おどし屈すれば王侯はたちまち民心を見失い異国腐臭ただようがらくたドイツの地に植え付けるであろう栄えあるドイツマイスター受け継がれ限りドイツ真正な芸術人々記憶から失われよう。だからこそ言っておこう。ドイツマイスターを敬うのだ!そうすれば心ある人々をとらえることができる。そしてマイスター仕事思う心があれば神聖ローマ帝国は煙と消えようともドイツ神聖な芸術いつまでも変わることなく残るであろう!」 第3幕第5場、「ザックス最終演説後半部分(3,074行 -3,089行) 「このニュルンベルクをめざすユンカーは数あれどあなたのように愛に生き、歌一筋城も館もうちやって、とは珍しい。愛の獲物飢えた騎士方を相手にこちらは衆を頼まねばならぬことも多かった。ひとが集まればつまらぬことですぐ喧嘩になるのは世のならい。いろんな組合仲間どうし繰り出してけしからぬ振る舞い及んだこともある。(せんだっても、どこぞの小路見かけたものだ)だが、いつだって連中正気引き戻したのは一目置かれるマイスタージンガー親方衆。その水も漏らさぬ結束多少のことでは、びくともしない皆で大切に護ってきた宝はあなたの孫子の代まで貴重な貯えとなるはず。よき慣わし美風も、大方は廃れ跡かたもなく崩れて、煙と消える。戦いをやめよ!かすかに残った伝統息吹砲弾硝煙の力で集め直すことはできぬ。 (ドイツマイスターを敬うのだ!)」 「最終演説削除部分現行版の3,074行 -3,082行に相当) 史実ハンス・ザックスの詩には「(カトリック聖職者たちは)たとえドイツが滅ぼうとも、かえって好都合自分たちの権力失われることがなければ(と考えている)」という一節がある。これは、トリエント公会議1545年 - 1563年)に抗して書かれたもので、本作でのザックス最終演説神聖ローマ帝国が煙と消えようとも」という表現一部共通する。 しかし、この部分実際には、ワーグナードレスデン時代から所持し愛読したコッタシラー全集第2巻収められているフリードリヒ・フォン・シラーの詩の断片ドイツ偉大さ」(1801年)によるもの考えられている。シラーの詩との関連箇所は2箇所で、次のとおり。 そして、たとえ帝国滅ぶとも、ドイツ尊厳揺るぎもしない。 たとえ戦火のなかにドイツ帝国崩壊しようとも、ドイツ偉大さ不滅である。 第3幕最後ザックス演説現行スコアで3,050行 - 3,089行)の成立過程大きく3段階ある。 第1散文稿(A)1845年)に後から書き込まれ部分現行スコアでは末尾の3,086行 - 3,089行に当たり、「神聖ローマ帝国が煙と消えようとも/ドイツ神聖な芸術は残るであろう」と、覇権超越した芸術永遠性称えている。 韻文浄書稿(E)(1862年)で書き加えられ部分現行スコアでは最初の3,050行 - 3,073行の「マイスターないがしろにせず、」と3,083行 - 3,085行の「ドイツマイスターを敬うのだ!」の二つ部分で、伝統尊重マイスターへの尊敬の必要を説くまた、下に述べる3,074行 - 3,082行の箇所には、現行異な23行が書かれており、「戦いをやめよ!/かすかに残った伝説息吹を/砲弾硝煙の力で集め直すことはできぬ」という反戦的な言葉結んでいた。 現行スコア1867年)で書き換えられた部分。3,074行 - 3,082行の間にあった韻文台本23行を削除し、「気をつけるがいい、不吉な攻撃の手迫っている」と、政治・軍事文化に及ぶ排外主義鼓舞する内容となった最後現行スコア書き換えられた部分には、1860年代フランス抗してドイツ統一国家樹立しようというナショナリズム高揚反映がある。このころワーグナーは、普墺戦争1866年)に勝利したプロイセンを「フランス文明顔色なからしめる新しい力を歴史の内に樹立する可能性」(『ドイツ芸術ドイツの政治』(1867年))と認めており、親プロイセン派のクロートヴィヒ・ツー・ホーエンローエ=シリングスフュルスト首相就任ルートヴィヒ2世働きかけていた可能性もある。 しかし、一方でワーグナー自著ドイツ的とはなにか?』(1865年)で、神聖ローマ帝国幻影に「ドイツ栄光」を託し強大なドイツ国家の復興夢見るような国粋主義否定し、「(ドイツ民族救われたところで、ドイツ精神世界から消滅するようなことがあれば、われわれにとっても世界にとっても悲劇」だと述べていた。このことは、ザックス演説特定の政治体制国家的な枠組み意図してはおらずドイツ語圏が育んだ芸術文化風土愛す宣言であるという解釈に繋がる。したがってザックス最終演説は、ワーグナー自身抱えていた矛盾反映である。#作曲の経緯でも述べたとおり、この演説ドラマ本筋とは無関係との判断から、一時的にせよ取りやめようとしていたとすれば作曲者本人にもその自覚があったと考えられる後年ワーグナーによって頂点達したニュルンベルク賛美芸術至上主義崇拝転換しニュルンベルク国粋主義国家社会主義メッカとしたのが20世紀ナチスである。ナチス・ドイツによってニュルンベルクナチ党党大会開催地とされ、ユダヤ人排斥のための法律が「ニュルンベルク法」と称された。これに対し第二次世界大戦連合国側徹底的な爆撃応じニュルンベルクは文字どおりの焦土となった

※この「ザックスの最終演説について」の解説は、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の解説の一部です。
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