2000年代以降に死刑確定
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「少年死刑囚」の記事における「2000年代以降に死刑確定」の解説
戦後日本の少年死刑囚(2000年代以降に死刑確定 / 平成時代の事件)事件氏名事件発生日事件当時の年齢罪状殺害された被害者数事件概要判決宣告日(太字は死刑確定日)備考参考文献40 市川一家4人殺害事件 S・T 1992年(平成4年)3月(5日 - 6日) 19歳 強盗殺人・殺人など 4人 暴力団関係者とトラブルを起こして200万円を要求されたため、盗みによりこれを得ようと決意し、事件1か月前に強姦した被害者少女(高校1年生)宅に窃盗目的で侵入。家人と居合わせたことで強盗に転じ、(被害者少女の祖母・両親・妹)4人を相次いで殺害。逮捕されるまでの間、少女を数回にわたり強姦したほか、本事件前にも傷害・強姦致傷などの事件を起こしていた。 1994年(平成6年)8月8日 千葉地裁・死刑 1996年(平成8年)7月2日 東京高裁・控訴棄却 2001年(平成13年)12月3日 最高裁第二小法廷・上告棄却 1973年(昭和48年)1月30日生まれ。2017年12月19日に東京拘置所で死刑執行(44歳没)。 41 大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件 K・M 1994年9月28日 - 1994年10月8日 19歳 殺人・強盗殺人など 4人 K・M(以下「KM」)、K・A(以下「KA」)、H・M(以下「HM」)の3人は11日間に、大阪府・愛知県・岐阜県の3府県で偶然居合わせた青年に対し激しい暴行を加え、4人を殺害する事件を起こした。また被告人KMは一連の事件前に強盗致傷事件を起こしたほか、大阪府の事件と愛知県の事件の間に単独ないしKAやほか1人と共謀して恐喝・共同暴行などの事件を起こした。 2001年(平成13年)7月9日 名古屋地裁・死刑 2005年(平成17年)10月14日 名古屋高裁・死刑(破棄自判) 2011年(平成23年)3月10日 最高裁第二小法廷・上告棄却 1975年(昭和50年)3月19日生まれ。2019年10月1日時点で東京拘置所に収監中(現在47歳)。最高裁が把握している1966年以降、1つの少年事件で同時に複数の被告人の死刑が確定した事例は初。 42 大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件 K・A 1994年9月28日 - 1994年10月8日 19歳 2001年7月9日 名古屋地裁・無期懲役 2005年10月14日 名古屋高裁・死刑(破棄自判) 2011年3月10日 最高裁第二小法廷・上告棄却 1975年7月21日生まれ。2019年10月1日時点で名古屋拘置所に収監中(現在46歳)。 43 大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件 H・M 1994年9月28日 - 1994年10月8日 18歳 1975年10月23日生まれ。2019年10月1日時点で名古屋拘置所に収監中(現在46歳)。 44 光市母子殺害事件 O・T 1999年(平成11年)4月14日 18歳30日 殺人・強姦致死など 2人 白昼、配水管の検査を装って上がり込んだアパートの一室で主婦(23歳)を強姦しようとしたが、激しく抵抗されたため、両手で絞殺した上で姦淫。さらにその後、激しく泣き続ける主婦の長女(生後11か月)を床に叩きつけたり、紐で首を絞めたりして殺害し、被害者の財布1個を窃取した。 2000年(平成12年)3月22日 山口地裁・無期懲役 2002年(平成14年)3月14日 広島高裁・控訴棄却 2006年(平成18年)6月15日 最高裁第三小法廷・破棄差戻 2008年(平成20年)4月22日 広島高裁・死刑(破棄自判) 2012年(平成24年)2月20日 最高裁第一小法廷・上告棄却 1981年(昭和56年)3月16日生まれ。2019年10月1日時点で広島拘置所に収監中(現在41歳)。最高裁が死刑求刑事件で二審の無期懲役判決を破棄した例は、永山への第一次上告審判決(1983年)および福山市独居老婦人殺害事件の被告人への上告審判決(1999年)以来。永山第一次上告審判決で「永山基準」が示されて以降、犯行時少年への死刑確定は6人目で、2人を殺害した少年としては初の死刑確定。また死刑確定者としては、犯行時の年齢(18歳1か月)は最高裁が把握している1966年以降では最年少となる。差戻前の一・二審は被告人の年齢・更生可能性などを理由に無期懲役としたが、最高裁は「年齢は死刑回避の決定的事情とまではいえない」として原判決を破棄し、差戻後の控訴審では「極刑を回避すべき事情はない」として死刑が言い渡された。 45 石巻3人殺傷事件 C・Y 2010年2月10日 18歳7か月 殺人など 2人 2月10日朝、共犯の少年(17歳・殺人幇助罪などで有罪確定)と共謀し、交際相手である18歳少女の実家(宮城県石巻市)に侵入。自身との交際に反対していた少女の姉(20歳)・友人少女(18歳)の2人を牛刀で刺殺したほか、居合わせた少女の姉の知人男性(22歳)にも重傷を負わせ、少女を車で連れ去った。また2月4日 - 5日には祖母宅(同県東松島市)で次女に暴行を加え、全身打撲・火傷を負わせた。 2010年(平成22年)11月25日 仙台地裁(裁判員裁判)・死刑 2014年(平成26年)1月31日 仙台高裁・控訴棄却 2016年(平成28年)6月16日 最高裁第一小法廷・上告棄却 1991年(平成3年)7月2日生まれ。2019年10月1日時点で宮城刑務所仙台拘置支所に収監中(現在30歳)。裁判員制度導入(2009年5月)以降、事件当時少年の被告人に死刑判決が言い渡され、確定したケースは初。また「永山基準」が示されて以降、死刑が確定した少年死刑囚は7人目。
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