片腕
『今昔物語集』巻27-22 兄弟2人が夜の狩りに行く。怪物が兄を襲うので、弟が矢を放って怪物の片腕を射切り、その片腕を持って帰宅する。家では老母がうめいている。兄弟が怪しんで火をともし、持ち帰った片腕を見ると、それは老母の手だった〔*弥三郎婆・鍛冶屋の婆・千匹狼などの伝説も、しばしば、狼の前足を切り取って自家または他家へ行き、片腕を失った老婆を見る、という展開を示す〕。
『捜神記』巻18-17(通巻429話) 陳郡の謝鯤が、客が必ず殺される宿に1泊する。夜中に黄色い着物の男が現れ、「戸を開けろ」と言う。謝鯤は、男が窓からさし入れた片腕を、力をこめて引き抜き、男は逃げ去る。夜が明けてから見るとそれは鹿の前脚であり、以後、この宿には怪異は起こらなくなった。
『太平広記』巻432所引『広異記』 男が2頭の虎に追われて木に登る。虎たちは人間の言葉で「朱都事を呼ぼう」と相談し、やがて虎がもう1頭やって来る。男は山刀をふるい、「朱都事」と呼ばれる虎の前足の爪を斬り落とす。その後、男が朱都事という人の家を探りに行くと、「手に怪我をした」と言って寝ている。報告を受けた役人たちが家に火をかけ、朱都事は虎の姿になって逃げ去った。
『ベーオウルフ』 怪物グレンデルがデネ(=デンマーク)のヘオロット宮殿を夜ごと襲い、人々を殺す。イェーアト族(=スウェーデン南部を支配)の王の甥べーオウルフが、グレンデルと戦うためにデネに赴く。べーオウルフはグレンデルと格闘して片腕をもぎ取り、グレンデルは荒地の沼へ逃げ去る。しかし次の夜、グレンデルの母である女怪が襲来し、息子の片腕を奪い返す。
『羅生門』(御伽草子) 渡辺綱が羅生門に赴き、名刀膝丸をふるって鬼童子の右腕を斬り落とすが、帰途奪い返される。後、源頼光が病気になり、「大和国宇多郡の森に住む鬼神を退治すれば治る」と、ある者が言う。綱は森へ行き、名刀髭切で牛鬼の片腕を斬り落として持ち帰る。牛鬼は頼光の母に化けて、腕を取り戻しに来る〔*能『羅生門』・『太平記』巻32「鬼丸鬼切の事」など類話は数多い〕。
*怪物が片腕を取り返しに来る物語の近代版が、→〔手〕3bの『手』(モーパッサン)。
★2a.片腕を取られる人。
『源平布引滝』3段目「九郎助住家の場」 百姓九郎助の娘小万が、源氏の白旗を守って琵琶湖を泳ぎ、平宗盛の船に救い上げられる。平家の侍たちは、小万の手から白旗を奪い取ろうとする。源氏方に心を寄せる斎藤別当実盛が、「白旗を平家に渡しては源氏の恥。女の命よりも旗が大事」と判断し、白旗を握る小万の片腕を、水中に斬り落とす〔*九郎助と彼の孫(=小万の子)太郎吉が、源五郎鮒を取ろうと打つ網に、小万の片腕がかかる。九郎助は、小万の片腕を利用して、葵御前の難儀を救う→〔出産〕5〕。
『平家物語』巻9「忠度最期」 薩摩守忠度が岡部六野太の頸を打とうとした時、六野太の童が馳せ来て打刀を抜き、忠度の右腕を肘もとから斬り落とす。忠度は片腕で六野太を投げのけて西に向かい、十念をとなえる。
*「真実の口」に片手を入れ、噛み切られたふりをする→〔口〕7。
★2b.片腕を取られたので、銀の腕をつける。
『ケルトの神話』(井村君江)「銀の腕のヌァザとブレス王」 ダーナ神族の王ヌァザは、フィルヴォルグ一族との合戦で片腕を斬り落とされた。医術の神ディアン・ケヒトが、銀の腕を作ってヌァザの肩につけ、彼は「銀の腕のヌァザ」と呼ばれるようになった〔*ヌァザの切り落とされた腕は土の中に埋めてあったが、後にケヒトの息子ミァハがこれを取り出し、呪文を唱えて、もとどおりヌァザの身体につけた〕。
『ピーター・パン』(バリ)5 昔、海賊フックはピーター・パンに右腕を切り落とされ、以来、鉄の鉤(かぎ)をつけるようになった。フックは「髪をとかしたり、その他あれこれと用を足すのに、鉤の方が手の何十倍も役に立つ」と、強がりを言う。そして、いつの日にか、この鉤でピーター・パンを引き裂いてやろう、と思う。
*戦傷で、両手とも鉤の義手になる→〔兵役〕5aの『我等の生涯の最良の年』(ワイラー)。
鉤手の男(フック・マン)(ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』) 彼と彼女が車を停めてデートしている時、カーラジオがニュースを告げた。「気の狂った殺人鬼が、精神病院を抜け出した。その男は片腕がなく、鉤手(フック)をつけている」。彼女が怖がるので、彼は猛スピードで車を走らせ、彼女を家まで送り届ける。彼が運転席を降り、彼女の側のドアを開けに行くと、ドアには血だらけの鉤手がひっかかっていた。
『ねじ式』(つげ義春) 「ぼく」は漁村の海辺へ泳ぎに来て、メメクラゲ(*→〔書き間違い〕3)に左腕を噛まれた。静脈が切断され、出血多量で死ぬかもしれないので、「ぼく」は医者を捜しまわる。産婦人科の女医が「お医者さんごっこをしてあげます」と言い、裸になって「ぼく」と一緒に寝る。女医は麻酔なしで「ぼく」を手術し、ねじを装着して血管をつないでくれた。それ以来、ねじを締めると血流が止まって、「ぼく」の左腕はしびれるようになった。
★3.若い女の片腕。
『片腕』(川端康成) 「私」は娘の右腕を一晩借り、アパアトメントの自室に帰る。「私」は娘の腕と語り合い、自分の右腕を肩からはずして、娘の腕を自分の肩につける。「私」はそのまま安らかに眠るが、ベッドに置かれた自分の右腕が横腹に触れたので、飛び起きて戦慄する。「私」は娘の腕を肩からもぎ取って、自分の右腕を再び肩につける。
★4.自らの片臂を切り落とす。
『無門関』(慧開)41「達磨安心」 達磨が面壁座禅し、二祖慧可が雪の中に立つ。慧可は自分の片臂を切り落として「師よ、我が心を安んぜよ」と請う。達磨は「心を持って来い」と言い、慧可は「心を捉えられぬ」と答える。達磨は「すでに汝を安心せしめた」と言う。
*自らの両臂を焼く→〔手〕8の『法華経』「薬王菩薩本事品」第23。
『地獄の黙示録』(コッポラ) ベトナム奥地へ侵攻したアメリカ軍が、収容所内の現地の子供たちに小児麻痺の予防注射をする。ところがその直後にベトコンが来て、注射された子供たちの片腕をすべて切り落としてしまった。小さな腕が、山のように積み上げられた〔*「神」となったカーツ大佐が特殊部隊にいた時の体験として、ウィラード大尉に語る話〕。
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