熊
『古事記』中巻 カムヤマトイハレビコ(=後の神武天皇)は、九州から東征の旅に出て、熊野の村に到った。その時、大きな熊がちらりと姿を見せ、たちまち消え失せた。カムヤマトイハレビコは気を失って倒れ、付き従う兵士たちも倒れた。高倉下(たかくらじ)が刀を献上すると(*→〔夢告〕1)、カムヤマトイハレビコは覚醒し、「長く寝つるかも」と言った。カムヤマトイハレビコは刀を受け取り、熊野の荒ぶる神たちは自然に皆切り倒された〔*『古事記』序では「化熊(=神の化身の熊)」と記す。『日本書紀』巻3神武天皇即位前紀戊午年6月は「熊」とせず、「神」と記す〕。
★2a.熊が人を助ける。
『北越雪譜』(鈴木牧之)初編・巻之上「熊人を助く」 2月初旬、薪を取りに雪山へ入った青年が、谷底へ転げ落ちる。凍死せぬように岩穴へ入ると、熊が眠っていた。熊は青年を襲うことなく、掌を青年の口に押し当てる。青年が熊の掌をなめると、甘くて少し苦い味がして、飢えをしのぐことができた。青年は熊と一緒に数十日間暮らし、熊は飼い犬のごとく青年になつく。雪解けの頃、熊は雪を掘って道を作り、青年を人里近くまで連れて行った。
『奇談異聞辞典』(柴田宵曲)「熊の窟」 薩摩の猟師が谷底へ陥った時、熊が現れて掌をなめさせてくれた。たいへん甘く、猟師は飢えることがなかった。しばらく熊の窟で過ごした後に、猟師は里へ帰ったが、途中まで熊が道案内してくれた。後、猟師は鉄砲を持って熊の窟へ行き、熊を射殺して胆を取り、奉行所に献上する。奉行所は事情を問いただし、窟の前で猟師を磔(はりつけ)にした(『窓のすさみ』追加の上)。
『熊のジャン』(フランスの昔話) 森の牡熊が若い娘を洞窟へさらって、妻とする。翌年、半分人間で半分熊の息子が生まれる。彼は毛深いので、「熊のジャン」と呼ばれた。ジャンは成長後、母といっしょに洞窟から逃げ、牡熊は気落ちして死ぬ。ジャンは怪力の若者となり、1人で旅に出る。ジャンは怪物をやっつけ、捕らわれていた王女2人を救う。ジャンはそのうちの1人と結婚し、幸せに暮らした。
オロチョンと熊の物語(中国・オロチョン族の神話) 山奥へ入った狩人が、足に怪我をして動けなくなる。牝熊が薬草を与えて狩人の世話をし、狩人と牝熊は夫婦になって、半熊半人の子供が1人生まれる。怪我が治った狩人は、隙を見て逃げ出し、村へ帰ろうとする。牝熊は怒り、子供を真っ二つに引き裂いて、半分を狩人に投げつける。この子が、オロチョン族の始祖である。残りの半分は母熊に抱かれて山へ戻り、熊として暮らした。
『子不語』巻19-521 康煕年間(1662~1722)、三等侍衛の伍公は、皇帝の供をして狩猟に出かけ、深い谷間に落ち込んだ。牝熊が伍公を洞窟へ運び、彼らは夫婦になって、3人の子供が生まれた。長男は都へ出て侍衛となり、やがて両親を迎えに来たので、一家はそろって都に移り住む。家人は熊を「熊太太(ゆうたいたい)」と呼んだ。人々は彼女に会いたがったが、彼女は人語を話せず、手を組んで挨拶するのだった。
『熊女房』(中国の昔話) 1人の商人が船出して、ある島に上陸する。嵐が来て船が流されてしまい、商人は気落ちして泣き出す。牝熊が現れ、木の実を与えて商人の世話をする。牝熊と商人は夫婦になり、息子1人と娘1人が生まれる。何年か後に、島の近くを船が通りかかったので、商人は息子だけを連れて、船に乗せてもらう。残された牝熊は、娘を抱いて海へ身を投げる(浙江省)。
『三国遺事』巻1「紀異」第1・古朝鮮〔王儉朝鮮〕 熊が変身して人間の女になった(*→〔百〕1)。熊女(ウンニョ)は結婚相手を求め、「身ごもりますように」と祈る。天帝の子桓雄(ファンウン)が熊女と結婚し、子供が生まれる。名前を檀君王儉(タンクンワンコム)と言った。檀君王儉は平壌に都を開き、国号を朝鮮(チョソン)とした。
『熊の皮をきた男』(グリム)KHM101 悪魔が、一文なしの若者に「7年間、熊の皮を着て、身体を洗わず、髪も髭も爪も切らずにいたら、大金持ちにしてやる」と告げる。若者は旅に出て、4年目に1人の老人を救う。老人は返礼に、「3人いる娘の1人を、あなたの妻として差し上げよう」と言う。長女と次女は熊姿の若者を嫌い、末娘が「父の恩人だから」と言って、若者と婚約する→〔指輪〕2b。
『人間豹』(江戸川乱歩) 凶悪な人間豹・恩田が、明智小五郎の妻・文代さんをさらい、丸裸にして熊の毛皮を着せる。恩田は、曲馬団の見世物として、熊の毛皮を着た文代さんを、虎(*その実体は豹。豹に化粧をして虎に見せかけた)と格闘させる。豹は鋭い牙で、熊の毛皮の上半身を引き裂く。中から文代さんの白い肌があらわれる。そこへ明智小五郎が駆けつけ、拳銃で豹を撃ち殺す。
*虎もライオンも、毛皮を着た人間だったというのが→〔にせもの〕8の『動物園』(落語)・『銀色のサーカス』(コッパード)。
*熊の皮から女房を思い出す→〔連想〕2の『熊の皮』(落語)。
『酉陽雑俎』巻12-476 悪僧2人が美少女をさらい、櫃(ながもち)に入れて林の中に置く。悪僧らがその場を離れている時に、寧王(李憲)が通りかかり、美少女を救い出して、代わりに熊を入れておく。悪僧2人は旅館へ櫃を運び、美少女をなぐさもうと蓋を開けると、熊が飛び出して2人を喰い殺した。
*『酉陽雑俎』にもとづくと思われる『ささやき竹』(御伽草子)では、熊ではなく牛が櫃から出てくる→〔尾〕2a。
★7a.熊を撃つ猟師。
『なめとこ山の熊』(宮沢賢治) 淵沢小十郎は熊捕りの名人で、長年、熊の胆(い)や毛皮を売って、暮らしを立てていた。彼は熊を憎んでいなかったし、熊たちも小十郎を嫌いではなかった。殺すはずの熊から「2年待ってくれ。やり残した仕事もあるから」と請われ、見逃してやると、約束どおり2年後に、熊が小十郎の家の前で死んでいた、ということもあった。小十郎が山で死んで(*→〔光〕5)3日目の晩、彼の死骸のまわりに、たくさんの熊が環になって集まり、雪にひれふしたまま、いつまでも動かなかった。
『金枝篇』(初版)第4章第4節 バスク人の猟師が、次のような物語を語った。「私(猟師)は熊に殺されたが、その後、熊は自らの魂を私(猟師)に吹き込み、そのため今度は、熊の体の方が死んでしまった。だから今では私(猟師)が熊なのであり、私(猟師)は熊の魂によって生かされている」。
★8.熊を捕らえる。
『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「ミュンヒハウゼン男爵自身の話」 蜂蜜を求めて熊がやって来るので、「ワガハイ(ミュンヒハウゼン男爵)」は、荷車のかじ棒に蜜をべっとり塗っておいた。熊は喜んで、かじ棒の先端から嘗(な)め始めたが、むさぼるあまり、かじ棒ごとくわえこみ、かじ棒は熊の口、喉、胃、腹と通り抜けて、肛門から先端が出て来た。「ワガハイ」は先端にくさびを打ち込み、熊が退却するのを防いだ。
★9.熊に追われる。
『男はつらいよ』(山田洋次)第33作「夜霧にむせぶ寅次郎」 寅次郎がいろいろと面倒をみてやった風子(ふうこ。演ずるのは中原理恵)が、北海道の山の温泉地で結婚式を挙げるので、寅次郎は出かけて行く。ところが途中で熊に追われ、寅次郎は死んだふりをして難を逃れる。「喰われて足がなくなってしまったんじゃないか」と寅次郎は心配するが、幸い足は無事だった。しかし草履の後ろ半分が食いちぎられているのを見て、寅次郎は目を回して倒れた。
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