杞憂
杞憂とは、無用な心配や不安を指す言葉である。杞憂は、現実には起こり得ない事態や、起こる可能性が極めて低い事態に対する過度な心配を表す。この言葉は、中国の古代の故事「杞人の憂い」から派生している。杞人の憂いとは、杞の国の人が天が自分の頭上に落ちてくることを心配し、その心配で日々を過ごすという話である。この故事から、「杞憂」は現実離れした心配や、根拠のない不安を指すようになった。この言葉は、心理学や哲学、文学などの分野で用いられ、人間の心理状態や行動を表現する際に使われることが多い。
杞憂
「杞憂」とは、心配する必要のない事や、心配してもどうしようもない事を、あれこれ考えて悩むこと、要するに「無用の心配」「考え過ぎ」「取り越し苦労」を意味する表現である。
杞憂の語源と由来
「杞憂」は中国の古典文献「列子」の記述に由来する故事成語である。古代、杞の国に住む男が、「この天地が崩落するようなことがあったらどうしよう」という不安に駆られ、心配のあまり寝食もままならず憔悴していた。周りの者は、そんなことは起こらないと言い聞かせて男を安堵させたという。
この「杞人の憂い」の話が、「心配する必要のないことを心配する」こと、または「心配してもしょうがない(心配したとてどうこうできるものではない)ことを心配する」こと、要するに「無駄に心配すること」「取り越し苦労」を端的に示す話として今日に伝わっているわけである。
杞憂の類語、対義語
「杞憂」の類語としては、「取り越し苦労」、あるいは文脈によっては「悲観」などが挙げられる。「取り越し苦労」は、確実に起きるかわからないことを心配する、という意味であり、「杞憂」とほど同義である。「杞憂」は中国由来の故事成語、「取り越し苦労」は日本語の表現である。
「悲観」は、「悪い結果を予想して気を落とす」という意味においては「杞憂」と相通じる。
「杞憂」の対義語・反対語としては「楽観」や「呑気」などが挙げられる。楽観は、物事を良いように考える、という意味であり、呑気は心配事がなく気楽である、という意味である。
杞憂の例文、使い方
杞憂の使い方を示す例文には、「胸騒ぎがするが、杞憂であってほしい」や「心配していたが杞憂に終わった」などがある。杞憂は、心配事が実際には心配には及ばないことであってほしいと希望を込めて言う場合や、心配していた物事が何事もなく終わった安堵を表す際に使うことができる。杞憂には、「杞憂かもしれないが、顔色が悪いようだ」のように、「余計なお世話かもしれないが」や「不要な心配かもしれないが」といった意味を持たせることもある。
杞憂を表す英語表現
「杞憂」に相当する1単語の英語表現は存在しないが、意訳するのであれば「groundless apprehensions」「absurd fears」「groundless fears」といった具合に表現することはできる。またお化けなどのように根拠のなく漠然と怖いもの、心配の種、などを表す語としては「bugbear」という単語が挙げられる。「bugbear(バグベア)」は、イングランドのウェールズ地方に伝わるゴブリンの一種で、行儀のよくない子供を食べてしまうと言われており、転じて漠然と怖いものを表すときに比喩的に用いられる。杞憂
「杞憂」とは、心配する必要のないことをあれこれと心配することを意味する表現である。
「杞憂」とは・「杞憂」の意味
「杞憂」とは、「根拠もなくあれこれと心配をすること」を意味することわざだ。そもそも「杞」は昔の意味で古代中国の王朝・周の国の名前、「憂」は「思い悩む」ことを意味する漢字である。この「杞憂」という言葉は、「列子」という文献の天瑞篇にある面白い寓話から誕生した。また、「杞憂」の類語として「杞人天憂」という故事成語もある。日常会話はもちろんビジネスシーン、書き言葉として頻繁に用いられる表現だといえる。「杞憂」の語源・由来
「杞憂」の由来は、中国の思想家が記した書物「列子」の天瑞篇に綴られた寓話である。中国周代、杞の国に住んでいるある人が「いつか天が落ちて大地が崩れてしまうのではないか」とありもしないことを考えて強い不安に襲われて、夜もよく眠れず食事もろくにできなかった。しかし、隣近所に住んでいる人たちが、そんなことはあり得ないと必死に説明してようやく納得させたという話である。この話から、起こることはなく心配しなくてもいいことを心配し過ぎることを「杞憂」と呼ぶようになった。「杞憂」の熟語・言い回し
杞憂に終わるとは
「杞憂に終わる」とは、「何か悪いことが起こるかもしれないと心配していたが、何も問題はなかった」という意味の表現だ。日常生活ではもちろんビジネスシーンでも頻繁に使用されている。例えば、「私の企画は不採用になるかもと不安だったが、杞憂に終わる」「交通事故に遭ったらどうしようと怖かったが、杞憂に終わる」というように使われる。
杞憂民とは
「杞憂民」とは、「その発言は叩かれるかも」「そんなことをしたら炎上するかも」というようにライバーの活動に対してやたらと心配をする人のことを指す言葉だ。Vtuberから広まった言葉である。
杞憂でしたとは
「杞憂でした」とは、「すごく心配していたものの、結果的には大丈夫だった」ことを意味する表現である。「杞憂に終わる」の同義語である。例えば、「会社を解雇されるかと思ったが、杞憂でした」「台風の影響が懸念されるが、杞憂でした」といった使い方をする。
杞憂かもしれませんがとは
「杞憂かもしれませんが」とは、「余計なお世話で申し訳ありませんが」という意味の表現である。主にビジネスシーンで、お客さんや会社の取引先、上司などに対して何かを提案したり、意見したりする際に失礼がないように用いられる。
「杞憂」の使い方・例文
「杞憂」という言葉を使う際は、目の前にある問題を心配する場合には使われないことを覚えておく必要がある。「起きるかどうか分からないこと、不確実なことを悪い方に考えて心配する」という意味で使わなければいけない。・先ほど送信したメールで「書類に誤りがあるかもしれない」と記載したが、杞憂だった。
・転校先の新しい学校でいじめられたらどうしようと非常に心配していたが、杞憂に終わって良かった。
・杞憂かもしれないが、念のため今一度、家族が無事でいるかどうか確認してほしい。
・旅行先で事故に遭ったり、突然大病になったりなど悪い予感がなんとなくするが、杞憂に終わることを願おう。
・長年付き合っていた恋人へのプロポーズは大成功となり、断られたらどうしようという心配は杞憂に終わった。
・夢の中で友人から絶縁されてしまい、現実でも同じことが起きたらどうしようと考えたが、すべては杞憂だった。
・海外へ転勤したら恋人が離れてしまうかもと心配していたが、杞憂に過ぎなかった。
・年を取って少し動いただけでも体に疲労を感じるようになったために人間ドックを受けるつもりだけど、杞憂に終わることを願う。
・銀行からお金を下ろす際に誰かに盗られたらどうしようと不安になるが、いつも杞憂に終わる。
・色々考えすぎていたが、すべて杞憂だった。
き‐ゆう〔‐イウ〕【×杞憂】
杞憂
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/08 08:57 UTC 版)
「wikt:杞憂」も参照 杞の国に、天地が崩れ堕ちて身の置き場が無くなるのではないかと、夜も眠れぬほど心配した人がいた。このことから、無駄な心配、取り越し苦労のことを指して杞憂という。
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ウィクショナリーに関連の辞書項目があります。杞憂 あり得ない事に極端に心配になったり、取り越し苦労をすることを杞憂と言うが、これは杞に住むある男が、「いつか天が落ち、地が崩落して身の置き所が無くなってしまうのではないだろうか」と心配して、夜も眠れず食事もとらなかったという故事に由来する(中国では昔、大地は正方形で、四隅を天柱という柱が支えていると考えられていた)。杞人之憂。杞人憂天(中国語版)。出典は『列子』。 表 話 編 歴 春秋戦国時代(春秋時代・戦国時代) 国 春秋十二列侯魯 斉(姜斉) 晋 秦 楚 宋 衛 鄭 陳 蔡 曹 燕 呉 戦国七雄秦 楚 斉(田斉) 燕 趙・代 魏 韓 他越 中山 杞 曾 邾 滕 唐 栄 単 沈 頼 英 六 庸 邢 萊 古蜀 西周公 東周公 戦闘 春秋泓水の戦い 城濮の戦い 邲の戦い 鄢陵の戦い 柏挙の戦い 晋陽の戦い 戦国桂陵の戦い 馬陵の戦い 鄢・郢の戦い 閼与の戦い 長平の戦い 統一戦争韓攻略 趙攻略 魏攻略 楚攻略 燕・代攻略 斉攻略 諸子百家 諸子孔子 老子 荘子 墨子 孟子 荀子 韓非子 孫子 列子 楊朱 百家陰陽家 儒家 墨家 法家 名家 道家 縦横家 雑家 農家 小説家 兵家 関連項目史記 春秋左氏伝 戦国策 春秋五覇 戦国四君 注釈^ 代は趙の亡命政権であり、秦に滅ぼされた。
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