探索理論
【英】:search theory
概要
探索理論は探索者が目標物の効率的な発見を目指す探知探索の理論研究である. このために探索理論では, 目標特性, センサー特性, 探索の場の特性に関する関連科学の知識に基づき探索オペレーションを定式化し, 探索効率の評価モデルを構築して探索要因の効果を解明する. さらに探索効率を最大にする最適条件を求める. 探索理論は,(1)目標分布推定, (2)センサー探知能力の定式化, (3)探索プロセスの特性分析, (4)探索計画の最適化, 等の研究に大別される.
詳説
探索理論 (search theory) は, 探索者 (searcher) が目標物 (target) を効率的に発見するための探索法を明らかにする理論である. 探索という言葉は,「嫁探し」や「プログラムのバグ探し」のように, 曖昧な対象物の探索にも用いられるが, 探索理論では探索の対象は明確に定義された目標物がある場合を扱う. また探索者は目標物を他のものと区別して,「これが目標物である」と確認する手段:センサー (sensor) をもつ. 広義の探索理論は,関数の極値探索の線形探索,グループ検査の2分法探索,探索と目標位置推定からなる所在局限探索,目標状態の観察を目的とする監視,目標分布のあいまいさの減少を図る情報量探索,データ検索法等の研究を含むが, 狭義の探索理論は,通常,探索者による目標物の探知 (detection) を目的とする探知探索 (detection search) に関する理論を指す.
探索理論が「発見の科学」として体系化されたのは, 第2次大戦中の米海軍ASWORG (Antisubmarine Warfare Operations Research Group)による U-boat 探索の作戦研究に始まる.この研究は1946年, Koopman [1] によって書物にまとめられ, またその後の研究の進展をふまえて1980年には改訂版が出版された. この書物はセンサーの探知論 (レーダー,ソナー,目視), 目標物と探索者の遭遇の運動学と探索パターンの評価モデル, 探索努力の最適配分等の理論を詳述したものであり, この書物によって探索理論は体系化され, ORの理論研究分野として認知された. この書物は米海軍の秘密文書であったが, Koopman はその概要を3回に分けて学会誌に発表した [2]. 大戦後のORの爆発的な発展の中では探索理論は, 漸次マイナーな研究分野に衰退するが, それは探索理論の研究が, やや対潜水艦戦の軍事応用に偏り, また問題中心的で中核的な理論モデルがなかったためであると言われる. しかし継続的な努力により, その後の研究は多岐にわたり, 知識の体系は着実に成長してきた. 1970年代以後, 情報化時代を迎えて探索理論は応用面でも新しい進展をみせた. 電子計算機の発達に伴い, 探索理論は意思決定支援システムの情報処理や情勢判断, 探索計画の策定等を支援する理論として, 急速に応用範囲を拡大した. 即ち目標物の情報処理の一環として, 目標存在分布の推定や探索の進行にともなう事後目標分布の計算, 情報に対応した探索計画の評価等のシステムが実用化された.
探索の効率化のための探索理論の結論をひとことで言えば,「目標物を効率的に発見するには, 目標物の見つかりそうな所をうまく探せ.」という常識的な一語に尽きる. しかしそのためには目標物の特性(目標存在分布,行動特性,信号特性等), センサーの特性(信号処理法,探知能力,環境の影響,虚探知の可能性等), 探索の特性(探索の目的,効率性の尺度,探索資源の内容と運用上の制約等)及び探索オペレーションの評価法と最適な探索計画の構成法等の知識が必要である. ゆえに探索問題の研究には, 各種のセンサー工学, 環境の物理学, 信号処理の理論, 眼の生理学, 探知認識の人間工学, 目標行動及び探索の目的と行動全体の知識, 探索システムの運用特性, ORの最適化手法等々の専門分野の学際的なアプローチが必要である. ここでの探索理論の役割は,関連諸科学による目標特性,センサー特性,探索の特性の知識にもとづき,探索オペレーションを定式化して探索の効率を定量的に評価する理論モデルを構築し, 探索要因の効果を解明することである. 更にその要因のいくつかを制御して, 探索効率を最大にするシステム要因や探索システムの運用法の最適な条件を求めることである. そのための探索理論の研究は次の4つのテーマに大別される. 即ち(1) 目標分布の推定問題, (2) 探索センサーの探索能力の定量化問題, (3) 探索プロセスの特性分析の理論モデル, (4) 探索計画の最適化問題, の研究である.
探索はそれ自体で完結する行動ではなく, 目標発見後の主行動が目的であり, 探索はその情報収集活動として位置付けられる. ゆえに「何のために,いかなる方法で,どんな精度で探すか」は探索システムに対する外的条件として与えられるとみるのが探索理論の立場である. そこから探索効率の尺度と探索行動の枠組みが設定される. また通常, 探索を動機づける粗い目標情報が事前に存在し, その精密化のために探索が行われるが, 効率的探索にはその粗い目標情報の活用が重要である. 事前の目標情報をいかに評価し探索計画に反映させるかを分析するのが, 探索理論の第1のテーマ:目標存在分布の推定問題である.
一方, 探索の成否は第一義的にセンサー能力に左右されるので, 探索計画の立案にはセンサーの探知能力の把握が重要となる. これが探索理論の第2のテーマ:センサー探知能力の定量化問題である. 上述の2つの知識にもとづいて,効率的な探索法の理論的な分析が始められる.
探索理論の第3のテーマは, 探索要因と探索効率の関係を解明する探索プロセスの特性分析問題である. この研究のねらいは探索の細部の条件(目標存在分布,移動法則,センサー能力,環境特性,探索手順等)が与えられたとき, 探索の評価モデルを定式化し探索プロセスの特性を定量的に評価する手段を確立することである. それは探索のミクロ・モデルの研究ということができる.
探索理論の第4のテーマは,「探索すべきか否か, どこをどれだけ探すか, どのような順序で探すか, いつまで探すか,」といった探索の全般計画の最適性に関するマクロ・モデルの研究である. 特に探索者の一方的な探索問題を探索努力の最適配分問題と言い, 上述の探索計画の諸元に関する最適性の条件を導出し, 最適な探索計画の設計指針を明らかにする. この種の研究は, 静止目標問題, 移動目標問題, 虚探知のある探索問題, 寿命のある(死亡型,消滅型)目標問題, 先制探知問題, 探索経路制約問題, 探索停止問題等があり, 数理計画問題や変分法問題に定式化され最適解が求められる. 一方, 探索者が探し, 目標物が隠れたり逃げたり, 場合によっては見つかるように行動したりといった双方的な意思決定のある探索としては, 探索ゲームと呼ばれる研究分野において, 潜伏探索ゲーム, 逃避探索ゲーム, 待ち伏せゲーム等が研究されている. また, 友好的な複数の探索者を扱うランデブー探索と呼ばれる問題の研究も近年盛んである.
さて, 探索理論を概観する以下の章では, 上述した第1のテーマから第3のテーマを解説し, さらに近年の研究成果の蓄積が著しい第4のテーマとして静止目標物及び移動目標物に対する最適探索, 探索ゲーム及びランデブー探索を取り上げ, 最後に探索理論の現実の応用例を紹介する.
[1] B. O. Koopman, Search and Screening, OEG Report No.56, 1946. 2nd ed., Pergamon Press, 1980.
[2] B. O. Koopman, "The Theory of Search I," Operations Research, 4 (1956), 324-346. "The Theory of Search II," 4 (1956), 503-536. "The Theory of Search III," 5 (1957), 613-626.
サーチ理論
ミクロ経済学において、サーチ理論(さーちりろん、英語:search theory)は即座に取引相手を見つけることができず、そのために商取引の前にパートナーを捜し求めなければならないような売り手や買い手についての研究である。探索理論とも呼ばれる。
サーチ理論は経済学の多くの領域で利用されている。労働経済学においては、労働者の就職活動において起こる摩擦的失業を説明するために用いられてきた。消費者行動分析では、購買決定を分析するために用いられてきた。労働者の観点から考えて引き受けられやすい仕事というのは、賃金が高く、望ましい利益を提供してくれ、快適で安全な労働環境の下で働けるものであり、 消費者の観点から考えて購入されやすい商品というのは、価格が安く、高い品質を持っているものだろう。いずれの場合にしろ、仕事や商品が受け入れられるかどうかは、市場にある代替品について探索する人が持っている考えに依存している。
より厳密な意味で言うと、サーチ理論は、選択の遅れによって損失を被る状況下で価値がそれぞれ異なる複数の選択肢がある時、個人の最適な選択を行うことを目的としている。 探索モデルは再選択を行った時の価値と、選択の遅れによる損失のバランスを釣り合わせる最も良い均衡点を示すものである。 数学的には、optimal stopping(最適な妥協点)を見つけだすために使われる。
完全情報からの探索
ジョージ・J・スティグラーは商品売買における情報や職業の探索を重要な問題だと提唱し[1][2]、ジョン・J・マッコールは最近の仕事に基づいたoptimal stopping理論をベースにして、動的な職業探索のモデルを提唱した[3][4][5]。マッコールの論文では、選択肢が完全情報的で不変、また貨幣の価値が不変であるとき、職業提供者が失業者に対して仕事を提供するか否かについて研究がなされている[6]。
彼は、労働者が受け入れるであろう最も低い賃金である、「留保賃金」という観点によって職業探索の決定理論を特徴づけた。労働者は、提供された賃金が留保賃金より安ければ拒絶し、高ければ受け入れるという行動をとる。
もしマッコールによって考えられた条件が満たされなければ、時間の経過とともに留保賃金は変わる可能性がある。例えば、失業者の技能が衰える一方でなかなか職業にありつけないという状況下では、失業の期間が長ければ長いほど、受け入れる職場環境の基準は下がる。こういった場合には、失業者の留保賃金は時間の経過とともに下がる。同様に、もし彼らがリスク回避的であれば、職業探索によって徐々に生活資金が減っていくため、留保賃金は下がる傾向にある[7]。また、留保賃金は業種によっても変わる。つまり、職種の間には補償差分があるといえるだろう。
マッコールのモデルによって、賃金提示が多様であればあるほど探索する労働者は有利になり、探索を行う期間が長引くかもしれないという面白い見解が示された。これは賃金提示額が多様であればあるほど、探索者は高い賃金提示を受けるかもしれないという期待をするため、高い留保賃金を設定し、したがって長期間待つからだと考えられる。また、低い賃金の提示については、それを拒絶する権利が探索者側にあるため、リスクとしての影響力をもたず、リスク回避的な人でさえ職業探しの期間が長くなりうる。
マッコールは失業者の賃金決定に関して、理論の枠組みを作ったが、これと似たような考察が、安い価格の商品を求める消費理論にも応用されうる。 この関係性からすると、消費者が商品に対して払いうる、最も高い価格のことを、「留保価格」を呼ぶことができるだろう。
不完全情報からの探索
市場の調査者が商品の価格について完全な情報を持っていないとき、追加的に調査することによって意味のある情報を得られる。それは、価格の範囲がどれくらいであるかという情報である。不完全情報から探索を行うことは、カジノのスロットで使われる"one-armed bandit"というスラングから、「多本腕バンディット問題」と呼ばれている。多本腕バンディット問題とは、スロットの配当がどのくらいかを調べる方法が、実際にスロットを回してみる他ないということを意味している。不完全情報からの最適な探索という命題は、ギティンズ指標などの分配指標を用いて研究されている。
価格分布の内生モデル
特定の価格分布に基づく最適な探索の研究は、ある財の取引が均衡に達しているにもかかわらず、なぜ複数の価格で売られているのかという問題を経済学者が考えるきっかけになった。つまり、これは一物一価の法則に反した現象といえるのである。しかしながら、買い手にどこで最低価格の商品が売られているかについての完全情報がないとき(つまり、探索が必要であるとき)、すべての売り手が同じ価格で財を提供するとは限らない。売り手の販売量と収益性間にあるトレードオフがその原因である。すなわち、高い値段をつけた場合には留保価格を高く設定している少数の消費者が財を購入し、低い値段をつけた場合には留保価格を低く設定している人も含めた多くの消費者が購入するため、売り手は複数の価格を提示しうる[8][9]。
マッチング関数
近年、マッチング関数という枠組みを用いて、就職活動をはじめとした様々な探索がマクロ経済学のモデルに組み入れられつつある。 ピーター・ダイアモンド、デール・モーテンセン、クリストファー・ピサリデスの3人はマッチング理論の功績を称えられ2010年のノーベル経済学賞を受賞した。
労働経済学でのマッチングのモデルでは、2つのタイプの探索が相互作用する。すなわち、新しい仕事の形成は、労働者の探索における意思決定と、会社の求人を出す意思決定との2つに依存するとしている。マッチングモデルには賃金格差についても扱うものもあるが[10]、それを無視して簡素化されたモデルでは、仕事を始める前にランダムな長さの失業期間が生まれてしまうことのみを表現している[11]。
脚注
- ^ Stigler, George J. (1961), 'The economics of information'. Journal of Political Economy, 69 (3), pp. 213-25.
- ^ Stigler, George J. (1962), 'Information in the labor market'. Journal of Political Economy, 70 (5), Part 2, pp. 94-105.
- ^ D. Mortensen (1986), 'Job search and labor market analysis'. Chapter 15 of The Handbook of Labor Economics, vol. 2, edited by O. Ashenfelter and D. Card.
- ^ R. Lucas and N. Stokey (1989). Recursive Methods in Economic Dynamics, pp. 304-315.
- ^ J. Adda and R. Cooper (2003), Dynamic Economics: Quantitative Methods and Applications, p. 257.
- ^ McCall, John J. (1970), 'Economics of information and job search'. Quarterly Journal of Economics, 84, pp. 113-126.
- ^ Danforth, John P. (1979), 'On the role of consumption and decreasing absolute risk aversion in the theory of job search'. In S.A. Lippman and J.J. McCall, eds., Studies in the Economics of Search. New York: North-Holland, ISBN 0444852220.
- ^ Butters, G.R. (1977), 'Equilibrium distributions of sales and advertising prices'. Review of Economic Studies, 44, pp. 465–91.
- ^ Burdett, Kenneth, and Kenneth Judd (1983), 'Equilibrium price dispersion'. Econometrica, 51 (4), pp. 955–69.
- ^ Mortensen, Dale, and Christopher Pissarides (1994), 'Job creation and job destruction in the theory of unemployment'. Review of Economic Studies, 61 (3), pp. 397-415.
- ^ Pissarides, Christopher (2000), Equilibrium Unemployment Theory, 2nd ed. MIT Press, ISBN 0262161877.
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