三進の技術史とは? わかりやすく解説

三進の技術史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/28 14:06 UTC 版)

三進金属工業」の記事における「三進の技術史」の解説

1964年昭和39年11月シャーリング加工鋼材販売の「三進金属工業」が創業した大阪市西区梅南南通り3丁目)。 1965年東住吉区桑津工場移しスチール棚板製造開始加工注文受けて作る下請け仕事が主であった1967年東住吉区から西成区南津守150坪の工場新設移転した。これが第一工事である。この時に組織改組法人化したことで、現在の三進金属工業誕生した。 この第一工場には、棚板製造省力化を図る「棚板プレスライン」が導入された。重い材料を扱うには腕力がいるので、力のいる工程には相撲取りあがりの人達を採用して対応した1970年シャーリング専門に行う第二工場新設した。 1972年第三工場新設、「スチール棚板製造自動ライン(第1号自動ライン)」を自社開発した今でこそオートメーション化は当たり前だが、当時自動化という発想自体珍しかったという。 オイルショック危機乗り越え1974年創業10年間にして売上10億円達成した。こうして三進棚板製造主な事業とする会社として、棚板三進金属工業棚板プライスリーダーとしての礎を築いた1977年第三工場に「自動ライン2号」が完成し本格的な量産体制完成した自動化によるコストダウン、さらに棚板四隅強度不足する所を、数ミリ絞って厚みを持たせ、2~300回の試行錯誤経て強度上げる事に成功した1980年生産合理化を図る為分散していた工場忠岡町移転統合し現在の本社工場新設した。メーカーとしてJIS規格工場となる為、1983年同地総合配送センター塗装ライン第一号を導入した。又同年開発設計部が設置された。 技術的に高度な製品求められるようになり、組織としての体制を整える必要が生じ、別会社販売拠点販売会社としてグループ化したことで営業体制整えた結果ものづくりのみでない製販一体の全国的なメーカーとして新たなスタート切った。 後に販社17社に増え、北は北海道から南は九州沖縄まで全国規模販社展開しお客様から依頼されれば、即時訪問できる体制となった1982年中量棚板発表した。この棚板形状において、「袋カマチ」を開発。それにより、棚板ライバル会社10社ほどあったなかで、三進実用新案をおさえ、一歩リードすることとなった1985年には、図書館用の複書架手動式移動ラック、ボトルレス中量ラック重量ラック形鋼中二階など、スペースコントロールを掲げお客様ニーズ応え部品から完成品までの全て開発供給しラック総合メーカーとして物流業界中心に製品拡大していった。 特に、1989年開発した電動式移動ラックは、三進電気関係製品としては初の製品であったが、その第一号が現在でも現役稼働している。 バブル景気の中、1989年福島県郡山工場新設生産体制強化され1991年売上100億円を達成したまた、駐車場フロア材の新たな開発中二階技術生かして駐車場建築にも挑戦した1994年次々新し製品開発していく中で、加工機械化成功し品質の向上と製品開発における設計デザイン根本的に変える事となった。また、こうした加工機械化とほぼ同時に設計営業システムにおいても機械化進められた。社内情報システム導入により、在庫などを正確に把握することを可能にした。会社体制としては、1994年開発部内に情報システム課が設置され1997年CAD導入により図面合理化と短納期即日体制強化インターネットの時代になり、HP開設したハードからソフトへ新し業界への挑戦 三進は、物流情報システムも本格的に取り組み1994年ピッキングシステム開発した商品バーコード読み取るラック表示器に個数表示されるシステムは、某大手コンビニストアに納入され作業効率格段にアップした今や常識となったハードとソフトが連動する製品先駆けとなった。この流れは現在まで続いており、現在ソフト開発大きな力をいれて、様々な物流関係ソフトを開発・販売している。 三進ブランドの確立 2003年接着剤使用しない実験台天板(ボンドフリー天板)の開発成功実験設備として高い評価得て三進事業大きな一つとして成長した空間有効活用観点製品システム供給してきた三進は、2004年3つのプロダクトブランドを確立させた。「HARDY RACK」「HARDY STR」「HARDY LAB(現HARDY SCIENCE)」である。 そして、2004年創業40周年迎えたこの年に、新井正準は社長職を退き会長となり、新井宏昌社長に就任した三進製品開発は、2008年植物工場へのラック供へと拡がった。三進幅広い技術植物工場興味を持つ企業大学大きな話題呼び大阪府立大学植物工場コンソーシアムにおいて重要な役割を果たすようになった2011年には大阪大学ラボ安全に関す共同研究始まった

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