サルモネラ感染症の原因菌はサルモネラ(Salmonella enterica )である。サルモネラはその中が2,000種類以上の血清型に細分されており、チフス性疾患をおこすチフス菌(S .Typhi )およびパラチフス菌(S .Paratyphi A)も含まれるが、ここではヒトに胃腸炎、つまり食中毒の原因となるサルモネラについてのみ述べる。 疫 学 病原体 とくに家畜(ブタ、ニワトリ、ウシ)の腸管内では、常在菌として保菌していることが知られている。 臨床症状 サルモネラの臨床症状は多岐にわたるが、最も普通にみられるのは急性胃腸炎である。通常8~48 時間の潜伏期を経て発病するが、最近のEnteritidis 感染では3 ~4 日後の発病も珍しくない。症状はまず悪心および嘔吐で始まり、数時間後に腹痛および下痢を起こす。下痢は1 日数回から十数回で、3~4 日持続するが、1 週間以上に及ぶこともある。小児では意識障害、痙攣および菌血症、高齢者では急性脱水症および菌血症を起こすなど重症化しやすく、回復も遅れる傾向がある。 病原診断 その他の食中毒菌による急性胃腸炎でも共通することであるが、症状と患者背景により臨床診断をし、平行して確定診断を行う。38 ℃以上の発熱、1 日10 回以上の水様性下痢、血便、腹痛などを呈する重症例では、まず本症が疑われることが多い。検査所見では、炎症の程度に応じて白血球数、CRP 等の炎症反応の増加が見られる。菌血症や胃腸炎でもトランスアミラーゼが上昇することがある。確定診断は糞便、血液、穿刺液、リンパ液等より菌の検出を行う。 サルモネラの特異的な迅速診断法はない。 治療・予防 サルモネラのみならず細菌性胃腸炎では、発熱と下痢による脱水の補正と腹痛など胃腸炎症状の緩和を中心に、対症療法を行うのが原則である。強力な止瀉薬は除菌を遅らせたり麻痺性イレウスを引き起こす危険があるので、使用しない。解熱剤はニューキノロン薬と併用禁忌のものがある上、脱水を悪化させる可能性があるので、できるだけ使用を避ける。抗菌薬は軽症例では使用しないのが原則であるが、重症例で使用が必要な場合には、つぎのことに考慮が必要である。 サルモネラは試験管内では多くの抗菌薬に感受性であるが、臨床的に有効性が認められているものは、アンピシリン(ABPC )、ホスホマイシン(FOM )、およびニューキノロン薬に限られる。 わが国の非チフス性サルモネラの薬剤耐性率はABPC に20 ~30%、FOM に対し10%未満であり、ニューキノロン薬耐性はほとんどみられない。 上記のようにサルモネラ症では、症状が改善されても排菌が続くことがある。抗菌薬の投与によって腸内細菌叢が撹乱され、除菌が遅れるうえ、耐性菌の誘発、サルモネラに対する易感染性を高めるなどの理由で、単純な胃腸炎には投与すべきではないとの意見が欧米では一般的であるが、わが国では、ニューキノロン薬の7 日間投与は腸内細菌叢に対する影響もなく、除菌率も高いという成績に基づき、使用されている。 処 方: ニューキノロン薬(下記のいずれか1 剤) ノルフロキサシン、シプロフロキサシン300 ~400mg ,分3 ,7 日間 トスフロキサシン450mg ,分3 ,7 日間 レボフロキサシン300mg ,分3 ,7 日間 ホスホマイシン2.0g ,分3 ~4 ,7 日間 アンピシリン1.5 ~2.0g ,分3 ~4 ,7 日間 サルモネラの予防は原因食品、特に食肉および鶏卵の低温保存管理、また、それらの調理時および調理後の汚染防止が基本である。低年齢層では、ペットおよび衛生昆虫からの接触感染も無視することはできない。 食品衛生法における取り扱い 食中毒が疑われるときには、24 時間以内に最寄りの保健所に届け出る。 感染症法における取り扱い(2003年11月施行の感染症法改正に伴い更新) 感染性胃腸炎は5類感染症定点把握疾患に定められており、全国約3,000カ所の小児科定点より毎週報告がなされている。報告のための基準は以下の通りとなっている。 ○ 診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下の2つの基準を満たすもの 1. 急に発症する腹痛(新生児や乳児では不明)、嘔吐、下痢 2. 他の原因によるものの除外 ○ 上記の基準は必ずしも満たさないが、診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、病原体診断や血清学的診断によって当該疾患と診断されたもの (国立感染症研究所細菌第一部 田村和満) |