決定論 生まれと育ちの決定論

決定論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/20 14:58 UTC 版)

生まれと育ちの決定論

遺伝決定論(または生物学的決定論)は、人間の能力や性格は遺伝によって決定されていると考え、逆に環境決定論では遺伝以外の環境によって決定されると考える。遺伝決定論は遺伝学が未発達だった20世紀初頭に支持を集めた[9]。科学的理解が深まるにつれ、遺伝と環境のどちらもが人間の発達に影響すると考えられるようになった[注 2]遺伝率の概念が、遺伝と環境の影響の大きさを見積もるのに使われる。

環境決定論の下位分類に以下のものがある。

  • 行動主義は、条件付けなど環境要因を重視する。行動主義心理学者のスキナーは環境重視の立場から自由意志否定論をとった。
  • 文化決定論は、個人の思考や行動様式が所属する文化によって決定されるとする考え。

無意識と脳による決定論

脳科学の発展により、脳には専門化した複数のモジュールがあり、脳内で意識を担当するモジュールと、判断や行動を担当するモジュールは異なっていると考えられるようになった[10]マイケル・ガザニガは、意識を司るモジュールは他のモジュールが無意識下で行った判断を、後付けの理由をつけて、辻褄合わせをしていると考えた[11]。人間の判断や行動は、意識とは関わりの少ないモジュールにより決定される。その傍証として、脳内の無意識の活動が、意識的な活動よりも先に生じるというベンジャミン・リベットの実験がある。また理由づけの極端な例として、分離脳患者や脳に障害を負った人による作話(でっち上げの理由による辻褄合わせ)がある。

意識を司るモジュールに対して、ガザニガはインタープリター(解釈者)・モジュールと名づけ、ダニエル・デネットやロバート・クルツバンは報道官モジュールと呼んだ。これは脳のなかで重要な決定をするのが大統領だとすれば、意識の役割というのは、大統領にほとんど接することがない報道官が、大統領の決定を説明するようなものである、との例えである[11]。 この考えによれば、意識は脳の活動に伴う随伴現象であり、自由意志は存在しないか、その役割はかなり限定され、意識的な行動で外部に影響を与えているという感覚は(少なくとも大部分は)錯覚にすぎない。

人間の思考や行動が無意識により支配されているという考えは、これとは別に19世紀末からフロイトによって広められ、一時は大きな影響力をもったが、フロイトの説明は科学的には認められていない。

ヘーゲル・マルクスの歴史決定論

哲学者のカール・ポパーは、ヘーゲルカール・マルクスなどの思想を、歴史に単一の一元的な計画があり、歴史に必然性があるとする歴史決定論(Historicism)、「歴史法則主義」であると批判する[12][13]。ヘーゲルの絶対精神や、マルクスの生産力生産関係などの全体論的かつ一元的な社会概念は、旧来の歴史神学におけるまたは絶対者を置き換えたものであるとポパーはいう[13]

また、マルクスの思想は、人々の意識や社会的な生活過程が経済的構造によって規定されるという経済的決定論であるともいわれる。


  1. ^ 脳内での量子効果により意識が生まれ、それが量子力学の非決定性につながるという説(量子脳理論)もあるが、支持者は多くない[2]
  2. ^ 行動遺伝学では、遺伝子およびそれらの総体としてのゲノムを初期状態とし、それに環境の効果が加わって人間が形成されると考え、個人差が生じる原因として遺伝要因と環境要因の影響の大きさを評価する。ここでいう環境とはゲノム以外の全てを指し、子宮内環境や発達における偶然を含む。遺伝要因の大きさの尺度が遺伝率である。
  1. ^ 『自由意志の向こう側』2020年、p9
  2. ^ 『自由意志の向こう側』2020年、p19
  3. ^ 『自由意志の向こう側』2020年、p217
  4. ^ 『自由意志の向こう側』2020年、p64
  5. ^ 『自由意志の向こう側』2020年、p59
  6. ^ アダム・ベッカー『実在とは何か ――量子力学に残された究極の問い』筑摩書房、2021年、p403
  7. ^ ショーン・キャロル『量子力学の奥深くに隠されているもの コペンハーゲン解釈から多世界理論へ』青土社、2020年、p376
  8. ^ 野村泰紀『マルチバース宇宙論入門 私たちはなぜ〈この宇宙〉にいるのか』星海社、2017年、5章
  9. ^ 『自由意志の向こう側』2020年、p217、p228
  10. ^ マイケル・S. ガザニガ『〈わたし〉はどこにあるのか: ガザニガ脳科学講義』紀伊國屋書店、2014年
  11. ^ a b ロビン・ハンソン、ケヴィン・シムラー『人が自分をだます理由:自己欺瞞の進化心理学』原書房、2019年、p119
  12. ^ カール・ポパー「歴史哲学への多元論的アプローチ」『フレームワークの神話』pp. 229–265. 1998年
  13. ^ a b 小畑二郎「科学技術の革新と資本主義(1) ポパー科学理論の再検討」経済学季報68巻1号、p85-114.2018.


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