アルジュナ クルクシェートラの戦い

アルジュナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/13 16:24 UTC 版)

クルクシェートラの戦い

 十三年間の追放が終わっても、ドゥルヨーダナはパーンダヴァ達の築いた国・インドラプラスタはおろか、代わりに要求した五つの村のみを返すことさえ拒絶した。クリシュナによる和平交渉、クンティーによるカルナへの説得に加え、カウラヴァ側でもビーシュマやドローナ、ヴィドゥラたちクルの長老達やガーンダーリーがドゥルヨーダナを説得しようとするも叶わず、遂に全面対決へと至る[31]。カウラヴァ側の軍が十一軍団あったのに対し、パーンダヴァ側は七軍団という劣勢の中、戦いが始められた[32]。 戦いに先立ち、カウラヴァ、パーンダヴァの両陣営は諸国の王らを味方に引き込もうと画策していた。アルジュナとドゥルヨーダナは、クリシュナの元へ向かう。先に到着したのはドゥルヨーダナであったが、クリシュナは眠っていた。目を覚ました時、クリシュナは頭側に置かれた豪奢な椅子に座っていたドゥルヨーダナよりも、足元に恭しく立っていたアルジュナを先に見つけた。ドゥルヨーダナは先に到着したのは自分だと主張したが、クリシュナは自分が目にしたのはアルジュナが先であること、年少者から意見を聞くべきであること(ドゥルヨーダナはアルジュナの兄ビーマと同い年のため、一つ年上になる)から、アルジュナに「戦わない私自身と、私が持つ軍隊のどちらを望むか」と問う。アルジュナは即座にクリシュナを自らの御者に望み、軍団を望まなかった。クリシュナはこれに微笑み、アルジュナの御者としてクルクシェートラの戦いを共にする[33]

「バガヴァッド・ギーター」

 戦争直前、親族同士が殺し合い、師を殺すという罪悪感に耐えきれなくなったアルジュナは、戦を放棄しようとする。これに対し、クリシュナはアルジュナに対し、武器を手に取って戦うように説得する。「バガヴァッド・ギーター」と呼ばれるクリシュナとアルジュナの問答はヒンドゥー教の聖典の一つである[34]。ここでクリシュナは、偉大なヴィシュヌ神の姿をアルジュナに見せたり、クルクシェートラの戦いでアルジュナに討たれた者は天界へ至ることを説いたり、あらゆる説得を行う。アルジュナは遂に決心し、ガーンディーヴァを携えて戦に望むが、この後も何度も戦争を忌避する素振りをみせ、クリシュナを困らせる。

ビーシュマ殺し

 カウラヴァの最初の総司令官はビーシュマであった。自ら死期を選べるビーシュマは次々とパーンダヴァ側の戦士達を殺戮していった。しかし自軍が劣勢であるにもかかわらず、アルジュナはビーシュマへの愛故に(父パーンドゥを失ったパーンダヴァにとって、ビーシュマは父のように慕う庇護者であった)中々真っ向から立ち向かおうとしなかった。これに焦れたクリシュナは、円盤スダルシャナを携えて戦車を降りてビーシュマを倒しに向かおうとし、戦わないという誓いを破りかねない状態だった。アルジュナは慌ててクリシュナの腰にしがみついてこれを止め、ビーシュマと戦うことを誓う[35]。ビーシュマは、ユディシュティラに尋ねられて自らを殺す方法として、「女とは戦わない」という情報をパーンダヴァに与える。そこでパーンダヴァ側は、ビーシュマと因縁のある王女アンバーの生まれ変わりであり、元は女で男に性転換したシカンディンを先頭に立たせ、それにアルジュナが続くという形でビーシュマを倒した[36]。アルジュナの矢で体中に矢が刺さったビーシュマは、倒れる際に矢が地面に刺さって接地せず、矢のベッドに横たわっているようになった。しかし頭の部分はそうではなかったために、アルジュナは矢を地面に放ち、ビーシュマの頭を支え、地面から湧いた水でその乾きを癒した。ビーシュマはアルジュナの行為に満足し、その後戦場で矢のベッドに寝たまま、戦争の行く末を見守った[37]。(ビーシュマの項を参照)

アビマニユの死

 戦争13日目、カウラヴァは防御に厚い陣形を取った。これを突破せんとアルジュナの息子アビマニユが先陣を切るが、パーンダヴァ側はジャヤドラタによって分断されてしまい、アビマニユはカウラヴァ側の強力な戦士、ドローナ、アシュヴァッターマン、カルナ、クリパ、クリタヴァルマン、ブリハッドバラによって囲まれ殺される。アビマニユの死をアルジュナは大いに嘆き悲しみ、次の日の日没までにジャヤドラタを殺すことを誓う[38]。これを聞いたカウラヴァ側は、ジャヤドラタをアルジュナから引き離して殺されないよう陣形を組む。アルジュナはこれにより中々ジャヤドラタの元へ迎えずに、日没が迫ろうとしていた。クリシュナによって一時的に太陽が隠され辺りが暗くなった時[39]、既に危険は去ったと安心したジャヤドラタの首をアルジュナの矢が刎ねた。クリシュナの助言により、アルジュナはすぐに矢を継いでジャヤドラタの首をその父・ヴリッダクシャトラの膝に届けた。息子の首を地に落とした者の頭が弾けるよう祈っていたため、ヴリッダクシャトラの頭は粉々に砕けて、絶命した[40]

ドローナ殺し

 ビーシュマに続いて総司令官となったドローナを破れずに困っていたパーンダヴァは、クリシュナの助言を求めた。クリシュナは「ドローナの愛する息子アシュヴァッターマンが死んだと聞けば、ドローナは戦意喪失するだろう」と言った。アルジュナはこの恐ろしい作戦に賛同しなかったが、ユディシュティラが渋々これを受け入れた。ビーマがアシュヴァッターマンと名付けた象を殺して、恥じつつも「アシュヴァッターマンが死んだ!」と叫んだ。ドローナは真偽をユディシュティラに問い、ユディシュティラはこれを肯定した。それを聞いたドローナが戦意を失い、瞑想を始めたところをドリシュタデュムナが首を跳ねた。戦車から降りて駆け寄りながら「師匠を生きたまま連れてこい、殺すべきではない」と叫び、最後まで師を殺すことを止めようとしていた[41]

カルナの死

アルジュナがカルナを殺すシーン。

カウラヴァの次の総司令官となったカルナにユディシュティラは非常に苦しめられ、瀕死の重症をおった。兄を心配するあまり、アルジュナはビーマに戦場を任せて一時撤退するが、カルナを倒してこなかったアルジュナを、ユディシュティラはその愛弓ガーンディーヴァに相応しくないと非難する。アルジュナはガーンディーヴァについて侮辱された場合は相手を殺すと誓っていたために剣を抜くが、クリシュナの助言により兄を乱暴に呼ぶことで精神的に殺す。ユディシュティラはこれにショックを受け、弟にそのような言動をさせた自らを恥じ、アルジュナもまた兄への罪悪感故に自殺をはかろうとするが、クリシュナの仲裁により二人は仲直りする。アルジュナはあらためてカルナを殺すことをユディシュティラに誓い、戦場へと戻る[42]。シャリヤの操る戦車に乗ったカルナと、クリシュナの操る戦車に乗ったアルジュナは、対峙して激しく矢を打ち合う。カルナが放った必殺の蛇矢は、かつてアルジュナが焼いたカーンダヴァに住んでいたナーガの子・アシュヴァセーナだった。一度目はクリシュナが踏ん張って戦車を地面にめり込ませたことで矢はアルジュナの冠を砕くだけですんだ。二度目は、カルナが他者の力を借りてアルジュナを殺す事を拒否したために、アシュヴァセーナ自ら飛んでいったが、アルジュナは矢でそれを切り裂いた。クリシュナがめり込んだ戦車を引き抜こうとしている隙を狙って、カルナはアルジュナとクリシュナを攻撃するが、これをアルジュナは矢を打ち返して防ぐ。アルジュナの矢が突き刺さりふらついたカルナを見て、アルジュナは攻撃を躊躇するが、クリシュナに叱咤激励されてしっかり矢を番える。カルナはすぐに気力を取り戻し再び攻撃する。しかし、今度は謝って牛を殺されたバラモンの呪いにより、カルナの戦車が地面に沈みこむ。カルナはこれを動かすまでアルジュナに攻撃を辞めてくれるよう頼む。アルジュナは一度これに応じるも、クリシュナがカルナの不徳と先程の攻撃を咎め、アルジュナに矢を放つよう促す。アルジュナは祈りをこめ、マントラを吹き込んだアンジャリカ(合掌)という名の矢でカルナの首を刎ねる[43]。(詳しくはカルナの項目参照)

アシュヴァッターマンの夜襲

ビーマが一騎打ちの末ドゥルヨーダナを討ち果たした後、怒り狂ったアシュヴァッターマンが、カウラヴァ側で生き残ったクリパ、クリタヴァルマンと共に夜襲を行う。これによりパーンダヴァ五兄弟とクリシュナとサーティヤキを除いたパーンダヴァ側の戦士達が皆殺しにされる。殺された中には、ドラウパディーが産んだパーンダヴァの息子たち(ドラウパディーとアルジュナの息子シュルタキールティ、およびその四人の異父兄弟)、シカンディン(ドルパダ王の子でドラウパディーの兄。ビーシュマ殺害に協力した)、ドローナを殺したドリシュタデュムナ(ドラウパディーの兄)が含まれていた。 夜襲後逃亡するアシュヴァッターマンを追って、アルジュナは兄弟およびクリシュナと共に戦車を駆る。追い詰められたアシュヴァッターマンはブラフマシラスを放ち、クリシュナの助言でアルジュナも同様にブラフマシラスを放つ。しかし天界の神々は世界が滅ぶのを案じて撤回するよう要請し、アルジュナはこれを回収(撤回)する。しかし、アルジュナのような精神的資質を持つ者を例外として、いかなる者も一度放たれたブラフマシラスを撤回することはできないため、アシュヴァッターマンはこれを回収することが出来ず、仕方なくアルジュナの息子の妻であるウッタラー王女の腹に向かって放った。この時死んだ胎児がパリクシットである。胎児はクリシュナの力によって蘇り、後にクルの王位を継いだ。パーンダヴァの師・ドローナに対する敬愛故にアシュヴァッターマンは命を奪われることは無かった。アシュヴァッターマンは敗北を認め、生まれつき額にある宝玉をユディシュティラに差出し、胎児殺しの罪により地上で三千年彷徨うこととなった[44]


  1. ^ 上村勝彦『原典訳マハーバーラタ』1巻(ちくま学芸文庫、2002年)1巻117章、以下、脚注ではこのシリーズを上村版として表記する。
  2. ^ 上村版1巻122章
  3. ^ 山際素男『マハーバーラタ』第1巻第1巻、以下、脚注ではこのシリーズを山際版として表記する。ガングリ版1巻134章、プーナ版1巻123章、上村版では省略されている。
  4. ^ 上村版4巻、4巻44章、ガングリ版4巻49章では、アルジュナを倒すと息まくカルナに対し、「無謀なことをするな、我々六人でアルジュナに対抗しよう」と述べている。
  5. ^ 上村版1巻、1巻122章
  6. ^ カルナが乱入してきた時点で、アルジュナは「カルナよ、お前は私に殺されて、招待されていないのに闖入して喋る者たちのいる世界へ堕ちるであろう」と言い、アルジュナ自身がカルナの身分を理由に一騎打ちを拒否したわけではない。御前試合はクルの王子達すなわちカウラヴァ及びパーンダヴァの武芸の披露の場として催されたものであり、クルの王子でないカルナには参加資格がないと考えるのが自然である。上村版1巻、1巻124~127章、山際版第1巻、第1巻
  7. ^ 山際版第1巻、第1巻、上村版1巻、1巻128章、ガングリ版1巻140章
  8. ^ 上村版1巻、1巻129~136章
  9. ^ 上村版2巻、1巻174~179章
  10. ^ 上村版2巻、1巻182章
  11. ^ 上村版2巻、1巻186章
  12. ^ 上村版2巻、1巻199章 山際版1巻、第1巻
  13. ^ jayaなど一部のバージョンでは一年間とされているものもあるが、同本の監訳注にサンスクリット語の原典マハーバーラタでは十二年とある。山際版、上村版、ガングリ版においても十二年とされている。
  14. ^ 上村版2巻、1巻205章
  15. ^ 上村版2巻、1巻206章 山際版1巻第1巻
  16. ^ 上村版2巻、1巻207章 山際版1巻、第1巻
  17. ^ 上村版2巻、2巻210~212章
  18. ^ 上村版2巻、1巻213章 山際版1巻第1巻
  19. ^ アルジュナにガーンディーヴァを授けるのはアグニ神であるが、ガーンディーヴァはヴァルナ神の武器である。ヴァルナ神からアグニ神へ、それからアルジュナへ与えられる。上村版2巻、1巻214~225章 山際版1巻、第1巻
  20. ^ 上村版3巻、3巻38章 山際版2巻、第3巻
  21. ^ シヴァ神愛用の武器だが、具体的にどのような武器か詳細不明。名前は牛飼いの杖という意味。(山際版第4巻、第7巻)ここでアルジュナはシヴァ神からその武器の秘法と回収方法を授かる。なおアルジュナはクルクシェートラの戦いの最中にも、夢の中でシヴァ神からパーシュパタを授かっているが、使用した明確な場面は山際版、上村版では確認できない。
  22. ^ 上村版3巻、3巻40~48章
  23. ^ 上村版3巻、3巻165~172 山際版2巻、第3巻
  24. ^ 上村版4巻、4巻1章
  25. ^ 山際版第2巻、第3巻 ガングリ版3巻46章 上村版ではウルヴァシーの話は存在しない
  26. ^ 上村版4巻、4巻21章
  27. ^ 上村版4巻、4巻29
  28. ^ C・ラージャーゴーパーラーチャリ、奈良毅・田中嫺玉訳『マハーバーラタ(中)』(第三文明社、2017年)
  29. ^ 上村版4巻、4巻30章
  30. ^ 上村版4巻、4巻33~66章
  31. ^ 上村版5巻、5巻5~94、122~148章
  32. ^ 上村版5巻、5巻5~197章 第5巻の努力の巻は、戦争前の準備や戦争回避に努めているという内容である。
  33. ^ 上村版5巻、5巻7章
  34. ^ 上村版6巻、6巻23~40章
  35. ^ 上村版6巻、6巻55章
  36. ^ 実際に二人は別の戦車に乗っており、またビーシュマの攻撃がアルジュナに向けられている描写があるため、シカンディンを盾に、アルジュナが攻撃した訳では無い。
  37. ^ 上村版6巻、6巻114章
  38. ^ 上村版7巻、7巻51章
  39. ^ 山際版第4巻、第7巻 ガングリ版7巻145章 上村版(プーナ版)にクリシュナが日没を偽装する描写はない。
  40. ^ 上村版7巻、7巻121章
  41. ^ 上村版7巻、7巻165章
  42. ^ ガングリ版8巻71章、山際版第5巻第8巻
  43. ^ ガングリ版8巻66章 山際版第5巻、第8巻
  44. ^ プーナ版9巻1章、山際版第6巻第10巻
  45. ^ 山際版第9巻、第14巻
  46. ^ 山際版第9巻第16巻
  47. ^ 山際版第9巻、第17巻
  48. ^ プーナ版18巻3章
  49. ^ 上村版6巻33章
  50. ^ プーナ版7巻28章 ガングリ版7巻27章
  51. ^ プーナ版8巻66章 ガングリ版8巻90章
  52. ^ 山際版第9巻第14巻、プーナ版14巻15章、ガングリ版14巻15章
  53. ^ 山際版第9巻、第16巻 ガングリ版16巻8章
  54. ^ 沖田瑞穂『マハーバーラタ入門 インド神話の世界』(勉誠出版、2019年)p158、






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