語源と用字とは? わかりやすく解説

語源と用字

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/05 15:52 UTC 版)

蝦夷」の記事における「語源と用字」の解説

蝦夷古くは愛瀰詩と書き神武東征記)、次に毛人表され、ともに「えみし」と読んだ。後に「えびす」とも呼ばれ、「えみし」からの転訛と言われる。「えぞ」が使われ始めたのは11世紀12世紀である。 えみし、毛人蝦夷語源については、以下に紹介する様々な説唱えられているものの、いずれも確たる証拠はないが、エミシ(愛瀰詩)の初見神武東征記であり、神武天皇によって滅ぼされ畿内先住勢力とされている。「蝦夷表記初出は、日本書紀景行天皇条である。そこでは、武内宿禰北陸及び東方諸国視察して、「東の夷の中に日高見国有り。その国の人、男女並に結け身を文けて、人となり勇みこわし。是をすべて蝦夷という。また土地沃壌えて広し撃ち取りつべし」と述べており、5世紀とされる景行期には、蝦夷現在の東北地方だけではなく関東地方を含む広く東方にいたこと、蝦夷は「身を文けて」つまり、邪馬台国人々同じく入れ墨文身)をしていたことが分かっている。 古歌で「えみしを 一人 百な人 人は言へども 手向かいもせず」(えみしは一人百人と人は言うが、我が軍には手向かいもしない) と歌われたこと、蘇我蝦夷小野毛人佐伯今毛人鴨蝦夷のように大和朝廷側の貴族の名に使われたこと、平安時代後期には権威付けのために蝦夷との関連性主張する豪族安倍氏清原氏)が登場していることから、「えみし」には強さ勇敢さという語感があったと推測されている。そこから、直接その意味用いられ用例はないものの、本来の意味は「田舎の(辺境の)勇者」といったものではないかという推測もある。 他方アイヌ語語源があると考えた金田一京助は、アイヌ語雅語に人を「エンチュ (enchu, enchiu)」というのが、日本語で「えみし」になったか、あるいはアイヌ語の古い形が「えみし」であった説いた文献的最古の例は毛人で、5世紀倭王武の上表文に「東に毛人征すること五十五国。西に衆夷を服せしむこと六十六国」とある。蝦夷の字をあてたのは、斉明天皇5年659年)の遣唐使派遣の頃ではないかと言われる後代人名に使う場合、ほとんど毛人の字を使った蘇我蝦夷『日本書紀』では蝦夷だが、『上宮聖徳法王帝説』では蘇我豊浦毛人と書かれている毛人の毛が何を指しているかについても諸説あるが、一つ体毛が多いことをいったのだとして、後のアイヌとの関連性をみる説である。また、中国の地理『山海経』出てくる毛民国を意識して中華辺境を表すように字を選んだという説もある。 人名使った場合であっても佐伯今毛人勤務評定で今蝦夷正確には夷の字に虫偏がつく蛦)と書かれた例がある。蝦夷の字については、あごひげ長いのをエビ見たて付けたのだとする説がある。夷の字を分解すると「弓人」、上代日本語で(ユミシ)になり、これが蝦夷特徴なのだという説もある。 喜田貞吉は、意味ではなく音「かい」が蝦夷自称民族名だったのではないか説いたアイヌ人モンゴル人など中国東北部民族からは「骨嵬クギクイ)」、ロシア人からは「クリル」と呼ばれた千島列島ロシア語名はクリル諸島である。斉明天皇5年の遣使の際に、聞き取った唐人蝦夷の字をあて、それを日本踏襲したという。秋田藩藩士であった人見蕉雨によって1798年寛政10年)頃に著された黒甜瑣語には、蝦夷(夷は大と弓の上下の合字になっている)のルビを「かい」としている。そこでは「ダケカンバ思える植物をタッチラと唱える」という記述からも、これがアイヌの事を指している事がわかる。明治政府開拓使設置に伴い蝦夷地の名称の変更検討1869年明治2年蝦夷地探査アイヌとの交流続けていた松浦武四郎政府建白書提出し、「日高見道」「北加伊道」「海北道」「海島道」「東北道」「千島道」の6案を提示した明治政府は「北加伊道」を基本とし「加伊」を「海」改めた北海道」とすることを決定明治2年8月15日太政官布告により「蝦夷地自今北海道ト被稱 十一ヶ国ニ分割國名郡名別紙之通被 仰出候事」と周知された。松浦建白書において「北加伊道」案はアイヌが自らを「カイ」と呼んでいることから考案した説明している。青森県伝承集めた中道等の『奥隅奇譚』では「蝦夷崎」のルビを「かいざき」としている。 金田一京助喜田らの説を批判し、「えび」の古い日本語「えみ」が「えみし」に通じるとして付けたとする説を唱えた諸説ある中で唯一定まっているのは、「夷」が東の異民族東夷)を指す字で、中華思想日本中心にあてはめたものだということである。「夷」単独なら『古事記』などにも普通にあるが、その場古訓で「ひな」と読む。多く学者用字変化異族への蔑視表れとし、蘇我毛人蘇我蝦夷としたのも『日本書紀』編者が彼を卑しめものとする。だが、佐伯今毛人小野毛人の例を引いてこれに反対する意見もある。 用字については、『日本書紀』では蝦夷の夷の字に虫偏をつけた箇所散見される蝦夷の字の使用とほぼ同じ頃から、北の異民族現す「狄」の字も使われた。「蝦狄と書いて「えみし」と読んだらしい。毛人結合して「毛狄」と書かれた例もある。一字で「夷」と「狄」を使い分けることもよくあった。これは管轄する国(令制国)による人工的区分で、越後国(後に出羽国所轄日本海側北海道のえみしを蝦狄・狄、陸奥国所轄太平洋側のえみしを蝦夷・夷としたのである

※この「語源と用字」の解説は、「蝦夷」の解説の一部です。
「語源と用字」を含む「蝦夷」の記事については、「蝦夷」の概要を参照ください。

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