地方自治政
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 07:20 UTC 版)
日本の地方自治においては、普通地方公共団体の首長(都道府県知事及び市町村長)に一定の条件のもとで、議会の議決又は選挙に対し拒否権を行使することが認められる(特別地方公共団体の特別区の区長にも準用される)。条例については公布後に、予算については執行後に拒否権を行使することは法的安定性を害するため認められないのが原則だが、地方自治法176条4項に該当する場合は例外である。首長が拒否権を行使した議会の議決又は選挙は、拒否権を行使した時点で効力を失うが、首長はこの拒否権の行使を取り消すことは認められない。首長の職務代理者(副知事、副市町村長など)にも一定の条件のもとで拒否権を行使することが認められるが、地方自治法177条4項、178条1項による議会解散権は認められない。 以下はこの節では特に断りが無い限り、地方自治法は条数のみ記載する。 一般的拒否権 日本の地方自治においては、条例の制定又は改廃の議決があった際には、普通地方公共団体の議会の議長はその日から3日以内にこれを首長に送付しなければならず(16条1項)、送付を受けた首長は再議その他の措置を講ずる必要がないと認めるときは、20日以内にこれを公布しなければならない(16条2項)。 また、普通地方公共団体の議会の議長は予算を定める議決があった時は、その日から3日以内にこれを首長に送付しなければならず(219条1項)、送付を受けた首長は再議その他の措置を講ずる必要がないと認めるときは、直ちにこれを都道府県にあっては総務大臣、市町村にあっては都道府県知事に報告し、かつその要領を住民に公表しなければならない(219条2項)。 普通地方公共団体の長が議会における議決に異議がある場合、議決の日(条例又は予算に関する議決については送付を受けた日)から10日以内に理由を示してこれを再議に付すことが認められており(176条1項)、これを一般的拒否権の行使という。議決の送付を受けてから10日以内であれば同一会期に再議に付すか(一事不再議の原則は適用されない)、会期終了後に臨時会を招集して再議に付すかは長の自由である。 議会の議長から議決の送付を受ける前に長が再議に付すことができるか否かで争いがある。徳島県鳴門市では2010年6月に議員提案の「鳴門市議会基本条例案」が市議会で可決されたが、泉理彦市長は議会から議決の送付を受ける前にこれを再議に付した。議会はこれを違法であるとし、県の自治紛争処理委員に調停を申請した。 176条1項の再議に付すことができる議決に否決された議案が含まれるか否かについて、通説は含まれないとする。なぜなら、176条1項はその効力が発生することによって執行上の支障が生じる議決を再議の対象とするものであり、否決された議案については執行上の効力が発生せず執行機関を拘束することにはならないからである。なお、地方公共団体の財政の健全化に関する法律では、その17条で地方公共団体の議会が財政再生計画の策定又は変更に関する議案を否決したとき、同法10条1項の規定による財政再生計画についての総務大臣との協議に関する議案を否決したとき、財政再生計画の達成ができなくなると認められる議決をしたとき、当該地方公共団体の長は当該議決があった日から10日以内に理由を示してこれを再議に付することができるとし、議案が否決された場合の再議を想定している。 長は再議に付す際には議決の異議のある部分だけでなく全部を議会に付議しなければならないが、議会が審議できるのは長が異議を唱えた部分に限られる。議会の議決が再議に付された議決と同じ議決であるときは、その議決は確定し(176条2項)、長は議決を再び再議に付すことはできない(議決に瑕疵があると認められる場合には176条4項の再議の対象となる)。この再議決について条例又は予算に関する議決の場合には出席議員の3分の2以上の者の同意が必要である(176条3項、なおこの議決は116条1項の「この法律に特別の定がある場合」に該当するため議長は表決権を有するが決裁権は有しない)。議会は否決のほか、修正議決もできるが(修正議決は出席議員の過半数の者の賛成で足りる)、長はこの修正議決について異議があれば、送付を受けてから10日以内に理由を示してこれを再議に付すことができる。議会が会期内に議決しないときは当該議案は審議未了で廃案となる。また、再議に付した議案が議会で否決された場合は長は当該議案を専決処分することはできないが、議会が議案を議決せずに放置した場合には179条1項の「議会において議決すべき事件を議決しないとき」を理由に専決処分することができる。 なお、一般的拒否権は長の権限の強化のために1948年の地方自治法の改正により導入されたものである。また、2012年の地方自治法の改正により一般的拒否権の対象に条例または予算以外の議決事件が加えられた。 特別的拒否権 長の義務となっている。一般的拒否権と異なり行使する期限は定められていないが、以下の要件に該当すると判明した場合には長は直ちに拒否権を行使しなければならない。 普通地方公共団体の議会の議決又は選挙がその権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは、当該普通地方公共団体の長は、理由を示してこれを再議に付し又は再選挙を行わせなければならない(176条4項)。この場合、議決には否決された議案も含まれる。また、執行後の議案であっても同項に該当すると判明した場合には、長は再議に付し又は再選挙を行わせなければならない。議会の議決又は選挙がなおその権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは、都道府県知事にあっては総務大臣、市町村長にあっては都道府県知事に対し、当該議決又は選挙があった日から21日以内に、審査を申し立てることができ(176条5項)、裁定に不服があるときは、議会又は長は、裁定のあった日から60日以内に、裁判所に出訴することができる(176条7項)。 この例としては名古屋市の河村たかし市長が市議会が2010年に議決した「公開事業審査の実施に関する条例の制定」および「中期戦略ビジョンの策定」を議会の権限を超えていることを理由として再議に付したことがあげられる。再議に付しても議会が同様の議決をしたため、愛知県の神田真秋知事に審査を申し立てたが、知事は審査申立てを棄却する裁定をした。このことを受け、市長は議会の議決の取り消しを求め、名古屋地方裁判所に提訴した。名古屋地方裁判所は市長の訴えを棄却したため市長は名古屋高等裁判所に控訴したが後に控訴を取り下げる意向を示している。 「議会の議決」には「議会の決定」(118条1項および127条1項)は含まれない。なぜなら、議会の決定に不服のある者は、決定があった日から21日以内に、都道府県にあっては総務大臣、市町村にあっては都道府県知事に審査を申し立て、その裁決に不服がある者は、裁決のあった日から21日以内に裁判所に出訴することができる(118条5項)からである。 普通地方公共団体の議会において次の経費を削除し又は減額する議決をしたときは、その経費及びこれに伴う収入について、当該普通地方公共団体の長は、理由を示して再議に付さなければならない(177条1項)。 法令により負担する経費、法律の規定に基き当該行政庁の職権により命ずる経費その他の普通地方公共団体の義務に属する経費(177条1項1号) 非常の災害による応急若しくは復旧の施設のために必要な経費又は感染症予防のために必要な経費(177条1項2号) 1.の場合において、議会の議決がなお当該経費を削除し又は減額したときは、当該普通地方公共団体の長は、その経費及びこれに伴う収入を予算に計上してその経費を支出することができる(177条2項)。これを長の原案執行権という。この場合の再議は、削除し又は減額した部分だけでなく経費全部を議会に付議しなければならないが、議会が審議できるのは削除し又は減額した部分に限られる。 本予算(当初予算)が議会で否決された場合、本予算には義務費が含まれることを理由として同項に該当するか否かで争いがある。本予算が否決された場合には長の取り得る手段としては同項に基づいて再議に付す、暫定予算を提案する(議会が閉会中で議会を招集する暇がないと認められるときは専決処分)、一事不再議の原則に抵触しなければ否決された本予算の修正案を提案するということが考えられる。2011年3月に議会で当初予算が否決された千葉県白井市では同項に基づいて否決された当初予算を再議に付すことはせず、修正案を提出し可決された。一方、当初予算ではないが、2011年12月に議会で補正予算案が否決された千葉県銚子市では、当該補正予算案が銚子市立病院の赤字穴埋めのためのもので義務的経費に該当するとして再議に付したものの議会で否決されたため、市長は当該経費について原案執行権を行使することとなった。 2.の場合において、議会の議決がなお当該経費を削除し又は減額したときは、当該普通地方公共団体の長は、その議決を不信任の議決とみなすことができる(177条3項)。不信任の議決とみなす場合には長は議会から予算の送付を受けてから10日以内に議会を解散する(178条1項)。議会を解散しなければ議決が確定する。長が議会を解散した場合、議会議員の一般選挙は解散から40日以内に行われるが(公職選挙法33条2項)、解散後初めて招集された議会において長に対する不信任の議決をしたときには、長は議会の議長からその旨の通知があった日に失職する(178条2項)。この場合の不信任の議決には議員数の3分の2以上の者が出席し、出席議員の過半数の賛成が必要である(178条3項、なおこの議決は116条1項の「この法律に特別の定がある場合」に該当するため議長は表決権を有するが決裁権は有しない)。 議会が177条2項1号・2号のいずれにも該当する経費を削除し又は減額する議決をした場合、長は同条3項・4項のいずれの措置をとり得るかについて、通説はいずれか一方の措置をとることも同時に両方の措置をとることも可能とする。 長の職務代理者については、議会が177条2項2号に該当する経費を削除し又は減額する議決をした場合には再議に付さなければならないが、職務代理者は長と異なり住民による直接選挙で選ばれているのではなく、議会と対立した場合に選挙で住民の信を問うという解決方法は取り得ないため、議会の議決がなお当該経費を削除し又は減額したときであってもその議決を不信任の議決とみなして議会を解散することはできず、議会の議決が確定する。 なお、かつての地方自治法177条には、普通地方公共団体の議会の議決が収入又は支出に関し執行することができないものがあると認めるときは、当該普通地方公共団体の長は、理由を示してこれを再議に付さなければならない旨の規定が存在したが、この規定は2012年の地方自治法の改正により削除されている。
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