図領域の定位
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 22:22 UTC 版)
「形」の弁別に際して初期段階では開眼者は、全体を「ひと目」で見渡すということができず、白い台紙に貼られた黒い図形に顔を近づけて、図形の縁に沿ってたどるような行動を示したりする。特定箇所に焦点を合わようとすると、「ほかの部分が眼にはいってこない」ため、有色図形領域と白地の境界を(触覚認知でそうするように)なぞることで把握しようとするともいえる(鳥居修晃はこれを「触-運動的な探索」と呼んでいる)。地と図の識別が必要な課題が提出されると、開眼者が慣れない視覚より慣れ親しんだ触覚を使って図の領域を探り当てようとすることは少なくない。 図領域の大小・長短(実例) 色認知課題を与えられた開眼者(I群)が、台紙に貼られた色見本の位置を知るため台紙の上を触って縁を探すといった状態から台紙または頭を動かすことによって色領域を探し当てられるようになると、課題提出者(鳥居・望月)は開眼者の視覚回復過程に対する観察経験をもとにして直ちに図形認識課題へ進まず、大きさの異なるふたつの色円の弁別を求めるという方法を取った(図領域の大小の弁別,1974年10月)。 このとき開眼者は対象の大小比較に関しても「台紙そのもの,または自分の頭部を左右に動かす」ことで図領域を探り、大小の弁別には「小さいほうは見にくい」「アカとはっきり分かるほうが大きい. 小さいほうはアカかなあという感じではっきりしない」という標識で大小を区別した。 図領域の延長方向(傾き)(実例) 大小の弁別が可能になった同じ開眼者に「水平(タテ長図形)-垂直(ヨコ長図形)」の弁別課題。 最初は戸惑っていた開眼者も3回目の実施(1974年11月)では、台紙を手で左右に動かし、「(アカが)いつまでも見えれば, ヨコ, すぐなくなれば, タテ」という指標をみいだしたが。さらに実験者たちが「上下」の探索も付加することを助言したところ5回中4回の成功をみせ、その後日常生活でも「電柱のように大きいものであれば、タテに立っている」ことを眼だけで認識できるようになったと実験者に報告した。その後同開眼者は、図形部分だけではなく台紙の白地部分にも視線の探索を拡げるようになり、最終的に「右上斜め」「左上斜め」(傾けた図形)も弁別できるに至った。 2次元図形の弁別(実例) 同開眼者は方向・傾きの弁別ができるようになった段階で、「形」(円と三角)の弁別課題に進んだ。ここでも開眼者は前節と同じように左右上下に頭を動かしたり台紙を動かしたりする探索行動をとった。事前に対象図形の縁を触って弁別させておくという過程が設定され、被験者は三角形図形の縁を触って「上の角が細い」斜辺を「ヨコは斜め」底辺を「下はまっすぐ」、円については「上は(*三角形に比べて)あまり小さくなく」「真中で拡がって」「下はまっすぐではない」とし、次に図形を水平に頭部をゆっくり動かしながら「ひろがり」を探索し、触-運動的に認知したひろがりの違いを見いだして最初の初施日の弁別はチャンスレベル(偶然の確率-ここでは一致するかしないかの二者択一なので50%)を上回ったが、2回目の施行日には半分しか成功しなかった。鳥居・望月たちは被験者の探索操作の高次化のため図形を変えた。 (3×13cm) (3×直径13cm) この図形の弁別には左右だけではなく上下の領域探索がないと弁別はかなり困難となる。 この弁別実験で[対応数/試行数]が8/9の結果を得て、三角と円の弁別テストに戻るとすべて弁別した。被験者は「円の滑らかな感じがつかめてきた. 三角では底辺のところを見て、ときどき上を見るようになった」と実験者たちに告げた。 続く正三角形と正方形の弁別テストではまた対応率(求められた課題-ここでは「2種の形の弁別」-に対する正しい対応づけ成功の百分比率)は半減した(1975年1月9日実施)。 ここでは、実験者たちは被験者が「(正三角形では)頂点を見極めることが難しい」「三角形の横の大きさ(横幅)は途中で正方形の横(幅)と差がなくなる. 一番下(各図形の下辺)は三角形のほうが大きいけれど…」と理由を説明したのをうけ、底辺を大きくした正方形と元の三角形とのペアで識別テストを行うと「三角は頂点の辺りに赤が少ないということが分かってきた」、元のペアに戻すと「四角のほうが赤が大きくて, パッとするから分かる」と識別力が高まり、小さくした四角形と三角形のペアでも弁別の確率(対応率)が100%を示すに至り、一週間後(1975年1月16日)のテストでも安定して100%の対応率を示した。 しかし四角形と円の識別は困難な課題で、一ヵ月たっても対応率はチャンスレベル(50%)を越えなかった(1975年1月30日-3月4日以前)。 1975年3月4日のテストで実験者らは、偶然の思いつきから台紙の中央を図の形に切り抜いた厚紙の「窓図形」を作成した。被験者から、ずっと見やすい、「光を頼りにした方が形がわかりやすい」(触覚的確認でも)「窓から指を出して形を確認しやすい」と評価を受け、次のテスト(3月13日)から窓図形を使った実験が始められた。「窓」は観察者にとっても被験者の眼の動きを直接見ることを容易にする利点があった。 初期(3月13日-4月11日)、被験者は従来どおり上下左右に台紙もしくは頭を動かす探索行動をとっていたがその範囲が「窓」の周囲に集中してきたことを実験者らは観察した。被験者は「正方形は上の横線と2つのカドを見ようとした. 何となく分かるという程度. 円も上の横幅を見た. その一番上は正方形より横幅が小さい」と言語報告している。弁別の対応率はまだチャンスレベルに到達しなかったが、一ヵ月過ぎて被験者は、意図的に眼球だけを動かそうと試み始めた。 中期(4月17日-5月16日)には対応率がチャンスレベルを越えて66.7%になったが、「形を頭の中に描くことが難しい」と言っている。「ずっと見続けて、形を記憶しておく」努力を自主的に試みていたが「(眼が勝手に)くるっと動いて, いうことをきかない…じっとしていなくて」「(正方形の)カドがはっきりしない. まるく見えたりする」と嘆じた。 3ヵ月を過ぎると「窓」の隅に向かって眼を動かす様子がすこしずつ観察され、後期(5月23日-6月4日)には弁別率が81.3%に上がったが被験者は「マルやシカク」には自信がなく「確信がつくまで時間がかかる」と言っている。眼球の不規則な動揺を伴いつつも、眼を動かすことがある程度できるようになるまでには時間を要した。 上の“窓を見る被験者の再構成画”のオリジナル写真は、一年後(1976年8月23日)であるが被験者は、「自分が決まった場所を見ることがまだよく分からない」と報告している。ただ観察者らによると、「左上,右下」といった指示に被験者は頭をほとんど動かさず眼だけを動かせるようになっていたという。 2次元図形の識別(実例) 単一の2次元図形の見分け(弁別)ができるようになると複合図形の識別に課題が進む。 (a) (b) (相場覚・鳥居修晃『改訂版 知覚心理学』図7-7 参照) 晴眼者の多くが「二つの円」と答えるであろう複合図形(a)を示すと開眼者は「左右に三日月があって真ん中に楕円」あるいは「中に小さな楕円,そのまわりに大きい楕円」と答えたりする。(b)を「菱形,四方に三角が四つ」と術後約1年目に答えた開眼者は、その10ヶ月後に「中に菱形があり、外側に左右を引っ込めた形」(*外側を、「四角」の左右部が三角形風に引っ込んだ形)と捉え、その2週間後、自分で図を90度回転させて観察し「2つの三角形」と答えた。 (被験者図示の模写)
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