不具合の発生
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/16 02:27 UTC 版)
燃料・潤滑油の問題 前述の通り米国からの石油類の供給が途絶えた結果、大戦の全期間を通じてオクタン価87〜91のガソリンや禁輸前にストックしていたアメリカ製潤滑油、あるいは使用済み潤滑油を処理した再生潤滑油が中心となった。まず当初予定した出力を発揮しにくくなり、さらにシリンダー温度の異常上昇が報告されるようになった。そのため、軍部ではエンジン回転数とブースト圧に対して制限を課した。海軍の誉搭載機である銀河を運用した元攻撃第405飛行隊長の鈴木瞭五郎大尉は「当時のA91G(航空91揮発油)はA87G(航空87揮発油)程度、またA87GはA85G(航空85揮発油)程度の質に低下」と証言しており、燃料の性能が額面割れを起こしていた可能性もある。 対策として水メタノール噴射装置が搭載されていたものの、整備が難しく、調整が不十分な場合は水メタノールが各シリンダーに均一に分配されずに特定のシリンダーにノッキングが集中、その結果点火プラグを焼損しエンジンの不調をもたらすこともあった。航空91揮発油の揮発性の悪さから燃料の不等配分も起きており、抜本的な解決が期待できる低圧燃料噴射装置(誉二三型)は実機に装備されテスト段階には入っていたものの、完全な実用化が果たされる前に終戦となった。 誉搭載である四式戦闘機において、明野陸軍飛行学校のよる報告書では故障原因は電気系統と潤滑油起因の2点のみを挙げられており、飛行第47、第104戦隊では支給された再生潤滑油を使用せず在庫の米国製潤滑油を使用していたことなどから、潤滑油の品質が悪化したこともエンジン性能を下げていた可能性がある。また各部への負荷増大の対応として潤滑油ポンプ圧力が引き上げられており、その結果各所からの潤滑油漏れが増大し操縦者は燃料だけでなく潤滑油の残量にも気を配らねばならなかった(『悲劇の発動機「誉」』[要ページ番号])。 設計に起因する異常 天雷の試験飛行における一定高度以上での油圧低下に対し、中島社内による緊急の原因究明が行われた。天雷は、2速過給機の湿式多板式ディスククラッチで発生するスラッジ(油溜り)の除去対策や、過荷重を受けるクランクシャフト回りへの潤滑対策に用いた潤滑油循環量増加のためにポンプ容量を増大しており、油圧系統にかかるポンプ圧力も増大していた。しかしこれにも係わらず、油パイプ径やポンプ入り口の口金が小さく、パイプが長過ぎたことで内部に真空部分が生じ、それが一定の気圧以下でポンプの吸い込みを阻害していた。ただし、これについては、原因を念頭に置いた上で潤滑系を変更し、高度上昇による油圧低下は解決されたと言われている。 当初懸念されたコンロッド軸受の過荷重による故障も起こり始めた。これに対して、軸受材表面の鉛メッキ、クランクピンの研磨(ポリッシュ)による仕上げ粗度の向上、クランクシャフトの変形に合わせて軸受の形状を微妙に変える等の対策を施し、一応の解決を見ることができた。 またプロペラ減速機の軸受も焼損を起こし、その鉛の比率を20 %から30 %にするという処置を行って解決を図った(なおこの軸受合金の鉛の比率(30 %)が生産現場に間違って15 %と伝えられており、四式戦闘機の試作機で焼き付きを起こしたという事件もあった)。総じて、銅を始めとする金属の使用制限は軸受全般の不具合を頻発させ、中島ではその対策に最後まで煩わされたといえる。 この他にも、ピストンリング、バルブカム、バルブスプリング、発電機などの部品について負荷の増大に対応したものが確保できなかった結果、耐久性不足で破損するという問題があった。また狭小なスペースに取り回した電気配線の被覆がエンジンの熱で焼けて絶縁不良になるなど、細かなトラブルも多発し、誉は整備員泣かせであったと言われる。 生産に起因する異常 生産が始まってしばらくした頃、誉を搭載した試作機でエンジンの出力が公称値を大きく下回っていると指摘されたことがあった。これに対する中島での調査により、吸排気ポートや吸気系通路の鋳物の型崩れが出力低下の主因となっていることが発見され、鋳型を見直しての改善により出力が回復したと言われる(ただし生産環境がより致命的な状態になった大戦後半に再発しなかったかどうかまでは言及されていない)。 部品の歩留まりの悪さは深刻で、鋳造・鍛造のみならず切削加工においても歩留まり率が10 %を切ることがあり、総合的な歩留まり率が1 %まで落ちたことすらあった。1943年(昭和18年)から1944年(昭和19年)にかけて海軍軍需工場の技術指導を行った澁谷隆太郎や川村宏矣はその原因を、性能第一とし製造上の困難は努力で解決しようという中島の気風や設計者の思慮不足、数を優先する乱雑な作業や形の崩れた木型を使い続けるといった無頓着さを含む工場の問題、さらに十分に設計を煮詰める前に量産に移った点などをあげている。
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