ベネデモクラシア
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「ベネズエラの歴史」の記事における「ベネデモクラシア」の解説
独立以来ベネスエラでは軍人統治が主流だったが、ようやくベネスエラにも民主化の光が刺した。1958年の民主化以後、ベネズエラは文民による民主主義政権によって統治されている。 1957年12月、自らが1953年憲法で定めた5年の任期が切れそうになると、ヒメネスは自らの権力に合法性を与えるために信任投票を実施した。不正選挙によりヒメネスは圧勝したが、逆にこのことが反対勢力の増長を招き、翌1958年1月21日に政党と海空軍が反乱を起こし、ヒメネスは亡命した。後を継いだ軍穏健派のウォルガング・ララサーバル将軍は12月に民主的選挙を実施し、コペイ党、民主共和連合を破って民主行動党のロムロ・ベタンクールが勝利し、翌1959年2月に正式に大統領に就任した。こうしてベタンクールは民主的に選ばれ、かつ任期を無事に過ごし、次の候補者へ民主的な手続きで政権を移譲することができた最初のベネスエラ大統領となった。こうしてベネスエラではベタンクールの指導下に各党の間に政党政治の原則が確認され、軍人の独裁に代わって文民による民主的な統治の伝統が築かれることになり、ベネスエラ人はこの体制を「ベネデモクラシア (ベネスエラ型民主主義)」と呼んだ。この民主主義体制の成立にはベタンクールだけではなく、野党コペイ党のラファエル・カルデラ・ロドリゲスや軍の実力者の協力も大きく、こうした勢力が一致してキューバに支援されたの共産ゲリラの脅威や、軍極右勢力などによるテロやクーデターを克服することになる。 ベタンクール大統領は1930年代にコスタリカ共産党の指導者であったが、反共主義者に転向しており、米州に民主主義を広げるとするベタンクール・ドクトリンを掲げてドミニカ共和国のラファエル・トルヒーヨ政権やキューバのフィデル・カストロ政権と敵対した。社会民主主義的な側面も強く、内政では「進歩のための同盟」の模範として1960年に土地改革が行われた。これも結局は公有地とペレス・ヒメネス派の私有地の再分配に留まり、大土地所有制の根本的な解体にまでは至らなかったものの、それまでのベネスエラ政治に比べれば前進ではあった。外交政策では石油鉱山省の初代大臣にペレス・アルフォンソを任命し、1960年の産油国による石油輸出国機構(OPEC)の設立や、国営石油公団の設立を主導した。 そして、ベタンクールのこうした政策に反感を覚えた共産党と、連立政権から脱退した民主共和連合、及び民主行動党の左派が脱退して結成された革命左翼運動が左翼ゲリラを組織し、キューバの支援を受けて革新的な軍の一部と共に東部山岳地帯でゲリラ戦を開始した。1964年に成立したレオニ政権はこの難局を切り抜けることはできず、結局ゲリラへの恩赦を公約にして当選したコペイ党のカルデラが1969年に大統領に就任した。カルデラはベタンクール・ドクトリンを転換させてキューバ敵視政策をやめ、国内の左翼ゲリラとの戦争を終わらせ、東側諸国との関係改善を行った。 1973年の選挙では民主行動党が再び政権に返り咲き、カルロス・アンドレス・ペレスが大統領に就任した。ペレス時代は原油高で好景気となり、そもそも南米で最も一人当たりGDPが高い国でもあっただけに「サウジ・ベネズエラ」 と呼ばれるほど繁栄した。メキシコのルイス・エチェベリア大統領との協力により、ラテンアメリカ経済機構(SELA)の設立に当たって指導的な役割を担い、ラテンアメリカ統合の旗手となった。1976年1月には石油国有化法を制定してベネズエラ国営石油会社(PDVSA)が設立された。一方で徐々に国際収支は悪化して行き、石油収入を背景にした「石油をまく」放蕩財政により赤字は積み重なっていった。また、汚職や腐敗が酷くなっていったのもこの時期である。 そしてこのように進展する民主主義の影に、社会正義が実行されないという状況が発生し、1979年に就任したコペイ党のルイス・エレーラ・カンピンスはこの問題に直面した。石油収入で得た放蕩財政は赤字を積み上げ、理念として掲げられていた貧困層の救済は実態を回復するものではなく、カラカス郊外のランチョ(スラム)は拡大し、中間層や富裕層の奢侈は酷くなっていった。このためエレーラはそれまでの積極財政から緊縮財政へと経済政策を転換したが、1981年に対外債務は189億ドルにまで達し、1982年には石油収入にも関わらずベネズエラは債務不履行に近いところまで追い込まれた。政府機関と非能率な国営企業の赤字は積み重なっていき、失業、経済停滞が続いた。この傾向は1984年に成立したハイメ・ルシンチ政権でも是正されず、こうして蓄積した社会矛盾は、次の新しい時代を準備しつつあった。
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