不正選挙
不正選挙
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/10 05:44 UTC 版)
このような状況下に置かれたマルコス大統領は、国民の不満を解消することや国際社会からの非難をかわすことを目的に、まだ任期が残っていたにもかかわらず、1986年初頭に大統領選挙を行うことを発表した。そこに立候補したコリーは徹底して反マルコスキャンペーンを行い、フィリピン全土を回って支持を訴え国民の大多数の支持を訴えた。 大統領選挙中、マルコス支持派は「マルコス・パ・リン(まだマルコスに大統領を続けてほしい)」と、対抗するアキノ派は「タマ・ナ(もううんざり)」、「ソブラ・ナ(やりすぎだ)」と応酬を繰り返した。 1986年2月7日に投票が行われ、開票の結果、民間の選挙監視団体「自由選挙のための全国運動(英語版)(NAMFREL)」や公式な投票立会人らが、「最終得点はアキノが約80万票差で勝利した」と示したものの、マルコス大統領の影響下にあった中央選挙管理委員会の公式記録は「マルコスが160万票の差で勝利した」と発表した。
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