5人の主人公
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/20 06:52 UTC 版)
磯辺 老年期に差し掛かった男。妻を癌で亡くしてしまう。それまで磯辺は、彼の世代のごく普通の父権的な家庭人であった。妻よりも仕事を優先し、妻には仕事を円滑に行えるよう、家を守らせてきた。愛情を表現することも苦手で少なく、家庭での会話もいつも短節であった。妻もまた、当時のごく普通の女性として夫に良く尽し不平も無く過ごしていた。しかし妻は臨終の間際にうわ言で自分は必ず輪廻転生し、この世界のどこかに生まれ変わる、必ず自分を見つけてほしいと言い死んでしまう。人生に家庭の愛など大した重みは無いと思っていたのだが、妻の自分に対する静かだったのだが実は情熱的であった愛情を初めて知る。磯辺は特に意識もして来なかった死後の転生に捉われ、知り合いの伝でとあるアメリカの研究者に相談する。研究者は日本人の生まれ変わりと言う少女が印度にいることを丁寧に教えてくれ、磯辺は理性では信じていなかったのだが、妻の死後の空虚感の中、彼女の臨終のうわ言に捉われ、とある印度ツアーに参加する。 美津子 (おそらく)30代の女性。磯辺の妻の死ぬ間際をボランティアで介護する女性。離婚歴がある。元々は地方出身で、かつて東京のキリスト教系の大学を卒業している。女性の魅力に富んでいるが他人を本当に愛した経験がなく、学生時代には自分の女性を使って複数の男性の心を弄んだ。その中に神父を志す冴えない男子学生の大津がいた。悪友からけし掛けられ面白半分で彼を誘惑し性の虜にする。大津を一旦棄教させる事ができたかと思ったのだが、結婚後フランスにキリスト教の留学した大津の噂を聞き、新婚旅行の途中で夫に巧く言って現地で出会う。彼が結局キリスト教の愛の教えを再確認し、彼の中に自分の感覚に無いものを感じる。その後離婚し、本当の愛を知らない彼女は自分に偽りでも良いから愛情の擬態をするために、末期癌患者の世話をするボランティアを始める。ある日、旧友との同窓会で大津が印度の修道院に居ると言う噂を聞き、大津の持つ自分にない何かを知りに印度ツアーに参加する。 沼田 中年の男性で童話作家。少年期は中国大連に住んでいた。当時沼田の家では、どこの在留日本人家庭にも居た中国人のボーイと言う手伝いを雇っていた。少年の沼田にとって信頼できる友人はただひとりそのボーイであった。沼田が子犬を拾った時にも親に反対されたにもかかわらず、ボーイは別の場所に隠し、母の許してくれる時期を見つけて飼う事が出来た。しかしある日、沼田の家の盗難事件の嫌疑を掛けられ解雇される。ボーイと沼田は心通う友人だったが別離を余儀なくされる。その後の沼田にはその飼い犬が最大の友達となる。しかし両親の離婚を期に本土に帰国し、その大好きな犬とも別離することになる。この体験を元に、日本では動物と話をする童話を描いていた沼田だったが、若いころにした結核を再燃する。その時に飼っていた、唯一本当に心を開ける友人の九官鳥を病院に内緒で連れてきてもらい、屋上に置いて貰う。しかしその九官鳥は、沼田が手術を受けているごたごたの中、餌をやり忘れたために死んでしまう。最初は仕方がないと思った沼田だったが、自分が手術中に心停止を起こしていたことを知り、自分の生存できたのは九官鳥が身代りになったおかげだと思うようになる。あるとき印度ツアーを知り、印度には多くの野生保護区が存在することを知る。せめてもの九官鳥へのお礼に、印度で一羽の九官鳥を求め保護区に放してやる事を思い立ち、ツアーに参加を申し出る。 木口 男性の老人。戦時中にビルマの作戦(インパール作戦)に参加したことがある。全くの負け戦で、このとき味方の兵士が退却の時に携行していたのは自決用の手榴弾と僅かな食糧だけという絶望的な長く苦しい退却戦を経験する。途中木口も瀕死の状況に陥るが、部隊に居た戦友の塚田に救われる。塚田は木口に食料を与えようと、他の味方が売ってくれた肉を手に入れる。結局木口が食べることができず代わりに食べるのだが、それは実は二人の知る他の戦友の死肉であった。木口はそれを知ることなく、二人は帰国し別々に戦後を生きることが出来た。老人になり、東京にいる木口のもとに職を失った塚田が訪れて再会を果たす。しかしその頃の塚田は人間を食べた事を気に病みアル中となっていた。しばらくのち塚田は肝硬変による食道静脈瘤を患い入院する。塚田は心を開きにくい晦渋な人間となっていたが、介護してくれたボランティアでクリスチャンの白人、ガストンにだけは心を開いていた。死期が近づき、塚田は初めて人間を食べた事、その辛さ、それに捉われて生きた戦後を木口や妻、ガストンらに告白する。ガストンはそれは許される事だと別の逸話を持って話し、その為だったかは分からないが塚田は穏やかな死を迎えた。木口は塚田や他の戦友、敵兵達を弔うため、仏教の発祥地である印度へのツアーに参加する。 大津 美津子と同世代の男。貧弱で魅力に痩せていて、人づきあいも苦手。自分を徹底的に愛してくれた母の影響でクリスチャンとなり、キリスト教系の大学に入り神父を志す。在学中に美津子に誘惑されキリストを裏切ろうとしてしまうが、ぼろ屑のように美津子に捨てられた後に、還って醜い惨めな自分をキリストが救ってくれることを知る。その後フランスにキリスト教の修行で留学したが、ヨーロッパ人の「正義」と「悪」の二元論、合理主義、多宗教への排他性に徹底するキリスト教に疑問を感じ続け、それを知られ異端者扱いを受けてしまう。しかし大津はキリスト教の持つ愛の力はそんな狭いものではなく、他の世界に置いても救済の力を持つはずであることを確信し、汎神論的、日本人的なキリスト教を模索する事を決意する。その後フランスでやってゆくことが出来なくなった彼は、印度のガンジス河の付近の修道院に入る。しかしそこでも追い出されてしまった大津は、ヒンズー教徒たちの集団にキリスト教徒ながら受け入れて貰うことができる。そこではガンジス河に自己の最終地を求め印度中から集まり、息絶えてしまうも貧しいために葬ってもらえなかった人たちの死体を運び、火葬してガンジスに流す仕事をしていた。やがてある日、懐かしい女性美津子と出会う。
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