0 の起源とは? わかりやすく解説

0 の起源

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 05:21 UTC 版)

「0」記事における「0 の起源」の解説

ゼロ発明は、数学史飛躍一つである。 紀元前2500年頃のピラミッド幾何学的な正確性は、古代エジプト人が高度な数学持っていたことを示す。しかし古代エジプトでは数学は主に暦法土地測量の手法として発展したため、研究発達せず、それを表す記号もなかった。面積ゼロ土地はなく、0日めのあるカレンダーもない。よってゼロ不要であった紀元前500年頃、楔形文字使っていたメソポタミア文明で、位が 0 であることを示す文字使い始めたことがわかっている。六十進法用いたバビロニア数の表記には、古くは 0 がなく、例えば「62」と「602」は表記が全く同じで、見分けがつかなかった。これは非常に不便であったので、時代が下ると 6 と 2 の間に斜めの並べて62602区別を表すようになった。この文字人類最初に 0 を表現した記号とされている。しかし、0 自体を数のうちとして扱ってはいなかった。 古代ギリシャでは高度な数学天文学発展したが、ギリシャ数字計算が非常に面倒だったので、天文学のような大がかり計算にはバビロニアから伝わった六十進法使った。最も古い例は130年プトレマイオス六十進法用いて計算をした記録がある。ギリシャ数学者この方法で時間角度計算し1時間、また角度1度の1/60を1分、1/60分を1秒とした。しかし整数部分である1時間単位角度そのものには使わず12時の次は0時ではなく1時であったギリシャでは、バビロニアゼロ記号にはギリシア文字オミクロン「ο」を当てたアラビア数字の0と形が似ているが、これはおそらく偶然であったとされるアルキメデスは「ある数とある数を足せば結果は元の数より大きくなる」という「アルキメデスの公理」を定立したが、足して増えない性質を持つゼロは、この公理上、数ではないことになる。古代ギリシア人は「ο」を単に小数点のような位取りを表す補助記号として使い、数のうちに含めなかった。ギリシア数字にはゼロを示す文字がなく、ギリシャ数体系継承したローマ数字にもゼロにあたる数字がない。 古代西洋で 0 の概念受容されなかったのは、その宇宙観によるところが大きかったアリストテレスは「自然は真空を嫌う」と宣言し空間は必ず何らかの物質充満しているとして真空、つまり「無」存在認めなかった。またアリストテレスは、宇宙地球中心にする球である天球定義し有限なものと考えた。この哲学からは「無」「無限」認められなかった。 アリストテレス哲学源流とする「無」「無限」否定する宇宙観中世ヨーロッパ継承され宗教一部化した17世紀までヨーロッパでゼロや無限を主張することは、キリスト教への冒瀆であり、死刑宣告意味した中世ヨーロッパではゼロ悪魔数字とみなし、ローマ法王により使用禁じられた。1600年には、宇宙が無限であると主張した修道士ジョルダーノ・ブルーノが、異端の罪で火あぶりの刑にされている。 「無」実在することを認めゼロを数として定義したのは「無」「無限」を含む宇宙観持ち哲学的に「無」追究した古代インドにおいてである。0の位置記号表わすバビロニア方法インドにも伝わった最近になってオックスフォード大学研究チームが、1881年に現パキスタン国内発見されバクシャーリー写本呼ばれるカバノキ樹皮巻物数学書が、これまで考えられていたより500年古い3 - 4世紀頃のものであることを年代測定特定した。そしてこの巻物記され黒点が、インドにおける最古の0を表す文字であることになった古代インド数学で数としての「0」概念確立されたのは、はっきりしていないが5世紀頃とされている。数学者ブラーマグプタは、628年著したブラーマ・スプタ・シッダーンタ』において、0 と他の整数との加減乗除論じ0 / 0 を 0 と定義した以外はすべて現代と同じ定義をしている。ゼロは「シューニャ」( サンスクリット語: शून्य, śūnyaうつろな)と呼ばれた9世紀頃のグワリオール寺院の壁に残る碑銘「0」最古の例とされていたが、バクシャーリー写本年代放射性炭素年代測定によって3-4世紀であることが判明したため、年代が約500年さかのぼった。これがアラビア伝播し、フワーリズミー著作ラテン語訳 羅: Algoritmi de numero Indorum により「アラビア数学」の「0」として西欧広まっていった。 インド中東・ヨーロッパ除いて、数や空位を表す記号として「0」確立した地域としては、マヤ文明代表例である。マヤ数字二十進法用いたが、「0」意味する記号として貝殻似た模様用いられた。二十は「点1つの下に貝殻模様」という位取り記数法であり、例え十進表記の1616(二十表記の40G)は上から順に「点(一)4つ | 貝殻模様 | 横棒(五)3つ + 点(一)1つ」という形式表記された。 中国では算木紀元前から使われており、位取り記数法確立していたが、空位空白表していた。算木実際に使うときは誤解がないが、それを書写するときは紛らわしい。後に空位を「〇」と書ようになった。これはインド「0」輸入されたとも、元々、漢文空白を表す「囗」が「〇」に変化したともいう。漢数字#〇、零参照

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