遺品返還問題
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「富山・長野連続女性誘拐殺人事件」の記事における「遺品返還問題」の解説
死刑確定を受け、富山地裁は被害者の遺品の還付手続きを行ったが、還付先は被害者遺族ではなく、死刑囚Mだった。これは、「贓物を除き、押収品は被押収者に返却する」という最高裁の判例(1990年)に基づいた措置である。贓物については、刑事訴訟法(第124条)で被害者への返還が規定されていたが、押収時の所持者=本来の所有者とは限らず、本来の所有権者を特定することが困難な事例も多かったため、そのような事例については便宜上、所持者に返還することを認めた判例だった。法務省刑事局は、一連の問題を受けて「法律上、被押収者の異論がなければ押収物は被害者に戻せるわけであり、実務の中でもうまく運用し適正に処理されていると思う」とコメントしていた。 富山地裁は1999年6月、死刑囚Mに対し、事件での押収物を還付する通知書を送り、還付請求権の有無の確認を求めたが、この時点で遺族側が押収物の返還を希望していることを把握していたため、文書には請求権の放棄を促す内容を添えていた。 結局、Mは同年7月、「車検証と自賠責保険証を知人男性に返す以外は、再審請求の鑑定対象物」「(被害者の遺品は)再審請求に必要」として還付を求めたが、「必要ないものは遺族に返還することも考慮する」と地裁に回答。地裁は同月31日、裁判で証拠品とされていた被害者Aの遺品65点(衣類・ブローチ・時計など)について、死刑囚Mを被押収者と認定し、Mに遺品を返還した。名古屋拘置所はその直後(8月3日)、Mの願い出に基づき、31点を廃棄処分にした。 一方、富山地裁は同年8月、被害者Aの遺族にその旨を連絡した上で、「遺品が必要な場合、Mに請求できる」などとした事務連絡文書と押収品目録を送った。また、Mに対しても遺族の希望を伝える事務連絡文書を出した。しかし、Aの遺族(両親)はこれを問題視し、「遺族感情を配慮しない手続だ」と弁護士に相談。9月7日には富山地裁を訪れ、「遺品を返してほしい」と要請したほか、同月11日には名古屋拘置所に宛て、遺品の返還を求める手紙を送ったが、遺品のうち31点は既に廃棄されていた。名古屋拘置所は9月中旬に手紙を受け取ると、その手紙の内容を確認した上でMに渡したが、Mは残る遺品34点のうち、現金以外は同月21日と10月18日にそれぞれ廃棄した。同年12月には、Aの両親宛てにMから、現金165円(当時のAの所持品)と「荷物は既に処分した」という手紙が届いた。Aの遺族が特に返還を望んでいた遺品は、Aの顔写真が入った仮免許証、Aが生前最後に金沢で購入したブローチ、そして「『不良のようなズボンをはいていた』という当時の心ないうわさ(後述)を打ち消すことができる」と望みを賭けていたジーパンだったが、いずれも彼らの手元に戻ることはなかった。 この問題を受け、Aの両親は法制度に疑問を感じ、全国で初めて「犯罪被害者支援対策委員会」を設置していた静岡県弁護士会から全面支援を受け、被害者の置かれている現状を広く訴えることを決意した。この時は、自分たちが行動を起こせば、自分たちの名前が再びマスコミに登場し、「再び取材攻勢を受けるのでは」「他人にまたも誤解され、中傷を浴びるのではないか」という不安も抱えていたが、最終的には「今、声を上げなければ、自分たちと同じ苦しみを味わう人が再び現れる」と考え、行動を起こすことを決めたという。 2人は2000年(平成12年)2月8日、法務省で臼井日出男法務大臣と面会し、臼井からミスを認める言葉と謝罪を受けたほか、同様の事態を再発させないための法整備などを求める意見書を提出した。また、弁護士の白井孝一(静岡県弁護士会犯罪被害者支援対策委員会委員長)・諸澤英道らによる取り組みにより、裁判所・検察庁とも押収物の還付に関する取り扱い方法の見直しを行った。具体的には、以下のような改善である。 各裁判所 - 被害者側が公判の証拠となった押収物の所有者で、被告人の刑確定後に返還を求めた場合、その意向を被告人だけでなく刑事施設(刑務所・拘置所など)に連絡する。 各検察庁 - 被害者の所持品を被疑者から押収した場合、返還請求権を放棄させるよう徹底するとともに、被害者の所持品であることを刑事施設に通知する。 刑事施設 - 受刑者らに押収物が返還された場合、裁判所や検察庁から「被害者の所有物」と通知された場合は、勝手に廃棄処分しない。押収物が被害者の所有物かどうか明らかでない場合は、民事訴訟などで所有権が確定するまで保管し、可能な場合は遺族に返還する。 しかし、「押収物は被押収者に返還する」という基本原則の変更までには至らなかった。臼井法務大臣は2000年1月18日、閣議後の記者会見で「確実に(遺品が)被害者に返還されるよう、法律運用の改善で対応すべき」と述べた一方、刑事訴訟法などの改正については「それぞれしっかりと判断すれば対応可能」と否定的な考えを示した。そのことを踏まえ、諸澤英道 (2016) は、一連の問題についてこのように述べている。 本件のように、被害者の遺品であることが明白なケースでは、「遺品は遺族の元に」の原則に従って、遺族に返還すべきであった。裁判所が加害者に返還し、その後、遺族が加害者に要求するなど、あまりにも遺族に冷たいシステムである。(中略)犯罪による押収物については「被害者の所有物であることが明らかな物については被害者に還付し、それ以外の物については、押収時所持していた者に還付する」という新たな原則をつくるべきであるが、そこまでには至らなかった。 — また、遺族の支援に取り組んだ弁護士の白井は、臼井の記者会見での発言を受けて「法相がここまで被害者に配慮した発言をしてくれたことは大きなステップだ」と評価した一方、法改正に否定的な見解を示された点については「運用で改善はされるだろうが、被害者に返すことを条文で明記しない限り、義務と権利は発生しない。悲劇が再び繰り返される可能性はある」と指摘している。
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