諸澤英道による評価
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 11:59 UTC 版)
「富山・長野連続女性誘拐殺人事件」の記事における「諸澤英道による評価」の解説
諸澤英道 (2016) は、富山事件を「マスコミによる(犯罪被害者への)二次被害者が社会問題になったのは、1980年代のことである。(富山事件は)その切っ掛けとなった事件」とした上で、前述の#遺品返還問題や、遺族が国からの給付金の支給・加害者からの賠償を受けられなかったこと、Mや彼女の知人から脅迫文を送られたことも含め、「日本における最も気の毒な事件の1つ」と位置づけている。その上で、同事件における報道被害の原因について「警察が記者会見で不用意な説明をしたため、事件の背景に被害女性 (A) の素行問題があるかのような誤解を与え、地元の新聞がその『素行問題』を報じたことから、被害者遺族への二次被害が全国的なものになった。その後開かれた公判で、事件はMの勝手な動機によるものであり、被害者はむしろ『品行方正で真面目な女子高生』ということが明らかになった」「当時の社会はメディアによる被害者への二次被害問題への認識が低く、これを問題にする専門家もいなかったため、後に誤報であることが明らかになっても訂正報道はなされず、被害者と遺族の名誉が大きく傷つけられたままになった。このような二次被害が社会問題として認識されたのは、女子高生コンクリート詰め殺人事件(1989年に発覚)だった」と指摘している。
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