設立の経緯やその後の経過とは? わかりやすく解説

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設立の経緯やその後の経過

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/14 13:29 UTC 版)

米州機構」の記事における「設立の経緯やその後の経過」の解説

1890年4月発足した米州国際共和国連合International Union of American Republics)と、1910年7月発足した汎米連合Pan American Union米州連合とも)が前身である。 1948年4月 - コロンビアボゴタ米州機構憲章調印される1951年12月 - ボゴタ憲章基づいて発足した当初アメリカ主導反共主義同盟色合い濃くアメリカによる中南米支配道具と言われた。 1960年8月 - 6月ベネズエラ発生したロムロ・エルネスト・ベタンクール大統領暗殺未遂事件ラファエル・トルヒーヨ政権下のドミニカ共和国関与したとされて除名され経済制裁発動される。同年7月OAS採択され米州相互援助条約初め適用された。 1962年1月31日 - キューバ危機期にキューバ除名される1965年5月 - ドミニカ内戦平和維持活動として米州平和軍(英語版)を派遣する。(アメリカ軍によるドミニカ共和国占領 (1965年-1966年)2001年6月 - 第31回総会コスタリカ開催され加盟国民主主義(≒資本主義)国に限定すべしという提案アメリカより為されたが、採択されなかった。 2002年4月 - ベネズエラ政変ウゴ・チャベス政権正当性認めた2003年4月 - ベネズエラ国民和解仲介をした。 2005年5月 - 事務総長チリ内務大臣務めたホセ・ミゲル・インスルサが就任したアメリカ支持しなかった候補選ばれたのは同機構の歴史で初である。 2009年4月 - 17日から3日間、トリニダード・トバゴ首都ポートオブスペイン第5回首脳会談開かれた6月2日 - ホンジュラスのサンペドロスラで総会総会ではキューバ追放した1962年決議無効決定しキューバ復帰認めた。しかしキューバラウル・カストロ国家評議会議長が「OAS消え去るべき略語」、フィデル・カストロ前議長も「ゴミ溜め」とこき下ろしており復帰拒否したキューバ2015年キューバの雪解けまで米州首脳会議出席できなかった。 6月28日 - 緊急会合で、ホンジュラス軍事クーデター非難追放され大統領ホセ・マヌエル・セラヤ・ロサレス即時無条件復帰求め決議採択7月4日までに復職させるよう申し入れたものの期限過ぎて実行されなかったため、同日以って構成国資格停止となった2010年3月 - 事務総長選挙が行われ、ホセ・ミゲル・インスルサが満場一致再選11月13日 - ニカラグアコスタリカの間で国境紛争激化していることに関して紛争地帯から軍隊撤退するよう求め決議採択した国境紛争両国の間を流れサン・フアン川河口にあるカレロ島の領有権争いで、19世紀から何度交渉が行われているが未解決のままである事の発端は、ニカラグア10月中旬麻薬組織取り締まりのために同島に軍隊派遣したことに始まる。コスタリカ政府は、自国領土への侵略として、米州機構提訴した13日ワシントン米州機構本部常設評議会は、両国対話開始要請する決議案22ヵ国の賛成採択した棄権3、反対2、欠席7)。コスタリカ政府決議歓迎ニカラグア政府反発14日ダニエル・オルテガ大統領OASからの脱退を真剣に検討しなければいけないと発言した2011年1月7日 - インスルサ事務総長は、前年末にベネズエラ国会で成立した大統領授権法OAS民主主義憲法に違反する批判した同事総長旧国会が新国会の権限18ヶ月制限し民主主義国家では考えられないことと批判ベネズエラチャベス政権内政干渉として反発している。 マヌエル・セラヤ大統領帰国に伴いホンジュラス復帰12月2日 - ベネズエラ呼びかけラテンアメリカ諸国により、北アメリカアメリカとカナダ)を排除してキューバ受け入れる「ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体」が結成される2013年7月9日 - 緊急会合ボリビア大統領専用機ヨーロッパ各国フランスポルトガルイタリアスペイン)から着陸拒否受けた問題巡り、この4ヶ国を非難しボリビアへの連帯全会一致決議2017年4月26日 - 国内反政府デモへの対応に、機構参加国からの強い非難受けていたベネズエラ脱退表明した正式な脱退までは2年ほどかかると見られている。 2021年11月19日 - 米州機構による11月総選挙英語版)には正当性がないとの批判反発していたニカラグアが、脱退手続き開始したことを公表

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