裁判に対する評価
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 05:33 UTC 版)
「別府3億円保険金殺人事件」の記事における「裁判に対する評価」の解説
直接証拠なき死刑 一審では、牧角鑑定・松倉鑑定の信用性を否定したもののその一部を採用し、遺体や車内の検証結果を詳細に検討し、鮮魚商や元同房者の証言を信用できるとしたうえで、荒木の経歴や結婚・保険加入の経緯などから荒木の計画的な犯行と認定して死刑を言い渡した。控訴審でも、一審のこれらの事実認定を肯定したうえで、新たな鑑定結果を加味して死刑判決を維持した。しかし、これらはいずれも荒木の犯行を直接証明するものではなく、状況証拠の積み重ねであった。控訴審で弁護側は、一審の詳細な検証について細かな矛盾点を指摘して事実認定の誤りを主張するとともに、「ほとんどの状況証拠は、いくとおりも事実認定の可能性がある」などとして状況証拠のみで有罪判決を下すことの不当性を訴えたが、控訴審判決は、一審の矛盾点や疑問点は判決に影響を及ぼすものではなく「大した問題ではない」とし、結婚や保険加入の経緯などを総合すると「(妻子)を同車もろとも海底に転落させ、よって直ちに右三名を溺死させて殺害した事実を是認するに十分である」などとして弁護側の主張を退けた。 裁判を傍聴してドキュメントを執筆し荒木とも面会や手紙の交流があった作家の佐木隆三は、著書の中で、一審判決・控訴審判決が採用した鮮魚商や元同房者の証言について「『犯行計画証言』『運転目撃証言』を、かくも大胆に採用してよいのか? これがもし、被告人に有利な証言ならば、『とうてい措信し得ない』と、捨て去ったにちがいない。それぐらい、際どい証言だと思う。」と述べ、控訴審判決後には「これだけの証拠で有罪、それも極刑にしていいのか」とコメントしている。また、一審判決が「脱出のためハンマーを準備したこともありうる」との言及にとどまっているのに対して控訴審がより積極的に「ハンマーでフロントガラスを割り」脱出したと認定していることについても、ハンマーがふたの閉まっていた荷物棚から発見されていることをあげて「フロントガラスを割ったあと、ハンマーを荷物棚に入れて、車内から脱出したことになる」と疑問を呈している。 一方で、一橋大学の植松正名誉教授は、荒木の裁判が始まる前から、「自白とか決め手となる証拠ばかりを求める」裁判の風潮を批判的に論じ、「黒い状況証拠が重なれば、それだけで決め手になる」として「世の中の常識ある大多数の意見が状況証拠を見てクロとする時、勇気をもって判決を下すべきである」と主張していた。大分地検の検事正も、一審での審理が続いていた1976年(昭和51年)に、「ともかく裁判官が納得するまで、どんな小さな状況証拠でもどんどん出していく。合理的な証拠はいくらもあります。」としたうえで、「荒木が無罪になったら、それは日本の刑事訴訟法が悪いのだ」と述べている。『週刊新潮』は、この検事正の発言を受ける形で、「いや、われわれは、その前に荒木の詭弁に負けた裁判所の良識をきっと疑うだろう」と論じた。 地元大分の地域情報誌『アドバンス大分』は、1994年(平成6年)に「シリーズ戦後史のナゾ」の中で2号に渡ってこの事件を取り上げ、直接証拠がない場合は状況証拠の積み上げで判断するしかなく、それは最高裁判例でも認められ、保険金目的の毒殺事件で死刑が確定した例もあるとしつつも、「しかし刑事訴訟法の原則はやはり『疑わしきは被告人の利益に』である。その原則を守る努力がこの事件でなされたかどうか、その辺も問われるところとなっている。」と結んでいる。 荒木の態度の影響 直接証拠がない中で荒木が有罪とされた原因の一つとして、裁判中の荒木の態度が裁判官の心証を悪くしたとの指摘がある。荒木は、弁護人は信用できないとして、法廷で被告人として自ら積極的に反対尋問をおこなった。特に自分に不利な証言をする証人に対しては激しく詰問し、あるいは罵倒することもあった。目撃証言をした鮮魚商などは、荒木の激しい追及に反発し、その度にかえって証言が断定的になっていったほどであった。 こうした荒木の態度は、上述したような裁判に疑問を呈する人たちに対してさえも心証を害する結果となった。佐木は「では別府三億円保険金殺人事件は冤罪か? 問われたら、わたしはハッキリ『そうは思っていない』と答えることにしている。(中略)荒木虎美被告事件の裁判にかかわり、『これは無実だ!』と思ったことは、一度もない。」と、特攻隊の生き残りとして荒木を取材した日高恒太朗も「私自身の心証を正直にいうならば、どのような角度から見直してもとうてい『無罪』とは思えなかった」と、それぞれの著書で記している。佐木は荒木への手紙でも、「『それでも大学教授ですかね』『笑わせちゃいけません』など、テクニックの一つかもしれないが、多用すると聞き苦しい。裁判官の心証も、よかろうはずはない。」、「『私がやったというのなら、証拠を出してみろ!』 これではいけないと思います。無頼漢のセリフです。(中略)『私はやっていない。信じてほしい。今までの証拠は作りものである!』 そう言われて、初めて耳を傾けるのではないでしょうか。」などと直接伝えている。 また、一審当初に私選弁護人を務めた木村弁護士は、一審判決を受けてコメントを求められ、荒木敗訴の原因の一つとして荒木がしゃべりすぎて裁判長の心証を悪くした点を挙げ、控訴審を展望して「荒木被告の言動が一審と同様、被告に不利になる可能性は強い」と述べていた。
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