死体変相
★1a.死体が腐敗し、その相(すがた)がしだいに変わっていく。
『絵本百物語』第22「帷子辻(かたびらがつじ)」 檀林皇后(橘嘉智子。786~850)は絶世の美女で、多くの男たちから恋慕された。皇后は死去に際しての遺言に、「私の死体を埋葬せず、辻に棄てよ。四十九日までの間、死体が朽ち果てて行くさまを、恋に迷う人々に示して、世の無常を観じさせ、仏縁に導きたい」と仰せられ、御身を野ざらしになさった〔*皇后の遺体の置かれた場所が、以後「帷子辻」と呼ばれた。現在の地名は「かたびらのつじ」〕。
『今昔物語集』巻19-10 蔵人宗正は、愛妻の死後10余日後に、恋しさのあまり棺を開けた。見ると、長かった髪は抜け落ち、身体の色は黄黒に変わり、眼・鼻は穴と化し、唇は失せて上下の歯がむき出しになっていた。腐臭のために、宗正は息がつまりそうになった。この顔が眼に焼きつき、面影となって浮かぶので、宗正は深く道心を起こして出家した。
『法句経物語』第147偈 娼婦シリマーは、一日千金に値する美しさだった。彼女が死んだ時、仏は、遺体を火葬せず屍林に置くよう、王に依頼した。3~4日過ぎると、シリマーの全身はむくれ上り、両耳・両目・両鼻孔・口・肛門・尿道の9穴から、蛆蟲が垂れ始めた。王は「千金を出して、シリマーを我が物にする男はいないか?」とふれを出したが、誰も応じない。500金、250金・・・と値下げし、ついに無料にしても、買う人はいなかった。
『閑居の友』上-19 比叡山でつかわれている1人の中間僧(ちゅうげんそう=雑用をする法師)が、毎日、夕暮れになると姿を消し、翌朝早くに戻って来る。主が人に命じてあとをつけさせると、中間僧は蓮台野(=火葬場と墓地があった)へ行き、腐乱した死人のそばで一晩中、不浄観をしていた。
『ドグラ・マグラ』(夢野久作) 玄宗皇帝は楊貴妃を偏愛し、国が乱れた。青年絵師・呉青秀は、玄宗皇帝が肉体のはかなさ、人生の無常を悟って、迷夢から覚醒することを願い、美女の死体変相図を献上しようと考える。呉青秀は新妻を絞殺し、丸裸の死体が腐乱し白骨になるまでの詳細を観察して、6枚の迫真の画像から成る絵巻物を作る。しかし絵巻物が完成する前に安禄山の乱が起こり、玄宗皇帝も楊貴妃も殺された〔*史実では玄宗皇帝は生きのびる〕。
『今昔物語集』巻7-25 唐代の僧・僧徹は永徽2年(651)、自らがまもなく死ぬことを弟子たちに告げ、縄床(じょうしょう)に端坐して死んだ。その時、天から花が降り、香ばしい匂いが満ちた。僧徹の死体は3年間、姿勢正しく坐していた。屍臭もなく腐乱することもなかった。ただ、目から涙が出ただけだった。
『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)第3部第7編 修道院のゾシマ長老が、65歳で病死する。以前に亡くなった長老については、埋葬されるまで死体がまったく腐敗せず、顔色は明るく、芳香さえ漂っていた、との言い伝えがあった。ところがゾシマ長老の死体からは、死後1日もたたぬうちに腐臭が発した。ゾシマ長老を深く信仰していたアリョーシャは、大きな衝撃を受けた。
『遠野物語』(柳田国男)100 漁夫が夜道を遠方から帰る途中、妻と出会う。妻が1人で夜中にこんな所へ来るはずがないので、「これは化け物であろう」と思い、漁夫は魚切包丁で妻を刺し殺す。死んだ妻は、しばらくは正体を現さなかったが、やがて1匹の狐となった→〔夢〕5c。
*僧に化けた古狐が、死んで正体をあらわす→〔行方不明〕3の『半七捕物帳』(岡本綺堂)「狐と僧」。
『絵本百物語』第20「芝右衛門狸」 難波の竹田出雲の人形芝居が、淡路の国へ興行に来た時、狸が人間に化けて(*→〔狸〕3)、芝居見物に行った。その帰り道に、狸は犬に食われて死んでしまった。しかし半月以上も正体をあらわさず、24~25日過ぎて、ようやく狸の姿になった。
『耳袋』巻之7「古狸をしたがへし英勇の事」 夜、妖怪退治に出かけた男の所へ「汝の妻が産気づいたから帰れ」「汝の妻は難産で死んだから帰れ」と、次々に使いが来るが、男は退ける。妻の死骸が恨みを言いに来るので切り殺すと、しばらくは妻の姿のままだったが、朝になって大きな古狸となった。
『耳袋』巻之2「猫の人に化けし事」 老母が妖猫の正体を顕したので、息子が切り殺すと、死体は老母の姿になる。息子は「母を殺した」と思い切腹しようとするが、友人が「しばし待て」と止める。夜になって死体は次第に古猫の姿を顕す〔*同巻「猫人に付し事」では、猫に取りつかれた母を息子が殺すが、死体は母のままなので、息子は自殺する〕。
『透明人間』第28章(H・G・ウェルズ) 町を支配しようとたくらみ、殺人さえ犯した透明人間を、人々が追い詰める。姿の見えない透明人間を逃がさないように、大勢が道路いっぱいに拡がり、透明人間を袋の鼠にして、殴り、蹴る。透明人間は倒れて息絶え、しばらくしてから徐々に、30歳前後の男の傷だらけの死体が見えてくる。
*→〔虎〕2の『南総里見八犬伝』第9輯巻之27第143回~巻之30第148回で、人喰い虎の死骸が消え、掛け軸の絵に変ずるのも、死体となってから正体を現す物語の一種。
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