旧留萌佐賀家漁場とは? わかりやすく解説

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旧留萌佐賀家漁場

名称: 旧留萌佐賀家漁場
ふりがな きゅうるもいさがけぎょば
種別 史跡
種別2:
都道府県 北海道
市区町村 留萌市礼受町
管理団体
指定年月日 1997.03.11(平成9.03.11)
指定基準 史6
特別指定年月日
追加指定年月日
解説文: 北海道日本海沿岸連なる江差・寿都・余市留萌等の沖合は、江戸時代から蝦夷地有数漁場として知られる。とくに江戸時代後期以降は、鰊漁漁場として繁栄しこれにともない日本海沿岸多数漁場施設建設された。
 留萌場所(場所とは、松前藩蝦夷地経営のために設定した交易場のこと)の開設慶長年間とも伝えられる当初松前氏一族知行所、後に松前藩工藤家世襲する場所となり、18世紀後期からは藩主直領となった18世紀前期からは場所請負による漁業経営が行われている。天明年間になる「蝦夷地案内記録」には「ルルモッペ」の場所名があり、串貝魚油・いりこ・などの産物があったことが記されている。
 佐賀家が留萌場所における漁場経営参加するようになったのは、弘化元年(1844)のことである。佐賀家は陸奥国南部田名部領内下風呂現在の青森県下北郡風間浦村下風呂)に在住し代々漁業海運業営み蝦夷地とも交渉をもっていたが、この年7代佐賀清右衛門は平之丞(8代)を留萌場所の礼受に赴かせ、漁場開設した佐賀家の屋号「因」(カクダイ)は、松前田中藤左衛門屋号であるが、これは場所請負制下での漁場経営には松前人別であることが必要であったため、清右衛門田中藤左衛門名義借りて経営開始したものと考えられる
 佐賀家は、弘化4年には留萌場所に越年者を置き、年間通じて漁場管理行っており、安政4年(1857)には留萌場所の出稼人所有鰊釜のおよそ15パーセント文久3年(1863)には同場所の出稼人所有建網数のおよそ10パーセント占めるまでに経営規模拡大し請負人以外では最大漁場経営になった
 明治2年(1869)、政府旧来の場所請負制廃止し次いで明治九年に開拓使鰊漁場開放して営業を自由としたが、江戸時代以来請負人等の有力な経営者は、恵まれた資本力を用いてさらに経営発展させていった明治20年には、佐賀家は建網4統、建網2統、建網2統の計8統を有し留萌地区においては請負人栖原家に次ぎ、旧出稼人としては最大経営規模をもっていた。
 鰊漁明治30年代中期まで順調に漁獲高伸ばしたが、30年代末から衰退兆しがみえ始め明治末から大正初期一時豊漁記録したものの、その後減少一途をたどり、昭和32年(1957)の春鰊漁最後に終わりを告げた佐賀家の漁場経営この年をもって停止している。
 今回指定を図るのは、佐賀漁場のうち主として漁場施設存在する区域である。現存する建物母屋番屋)・トタ倉(製品保管庫明治36年造)・船倉・網倉・ローカ一時保管庫)・稲荷社の計6棟である。母屋一部改造の跡がみられるものの、中央の土間トオリ挟んで右側経営者居住区左手船頭ヤン衆労働者居住区分かれた典型的な平入番屋建物である。この母屋トタ倉・船倉の間の空間は、かつては干場として利用されていた。ローカ付近には、鰊粕製造の釜場跡、前浜には船着場跡残り漁場での活動一端物語っている。敷地鉄道道路3分割されているものの、海岸から後背地丘陵に至る空間利用して各種活動機能に応じて施設配置し丘陵上に漁業信仰にかかわる稲荷社設けた様相は、一体として往時漁場景観良好に残すものであるまた、トタ倉等には豊富な漁撈資料が、佐賀家には多数文書保存されており、これらの関連資料からも漁場経営具体相をうかがい知ることができる。
 近世から明治にかけて、繁栄極めた漁業北海道産業支え重要なであった北海道漁業発展は、関与する労働力移動のみならず生産物流通促し、たとえば俵物長崎貿易重要な輸出品であり、また、鰊粕広く商品作物生産支え魚肥として利用されたように日本流通経済重要な一部構成した
 佐賀漁場は、江戸時代場所請負制下に始まる漁場として、また、短期間大量労働力設備集約して漁獲生産を行う、北海道日本海沿岸における漁業形態発展をよく反映するものとして貴重である。
 佐賀漁場漁撈用具一式(2、745点)については重要有形民俗文化財指定されており、今回建物および敷地史跡指定し、一体として、その保存を図るものである
史跡名勝記念物のほかの用語一覧
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旧留萌佐賀家漁場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/03 14:48 UTC 版)

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座標: 北緯43度54分49秒 東経141度37分03秒 / 北緯43.91366758度 東経141.61751178度 / 43.91366758; 141.61751178

旧留萌佐賀家漁場

旧留萌佐賀家漁場(きゅうるもいさがけぎょば)は、北海道留萌市礼受町にある漁場跡。1997年3月11日、漁場施設のあるエリアを中心に国史跡に指定された。現在は全域が国史跡となっており、また近代化産業遺産でもある。漁業は、近世明治に特に栄え、北海道の産業を支えるうえで欠かせない存在であった。そのような北海道の日本海沿岸における漁業形態の発展およびその歴史などを強く物語るのがこの漁場跡である[1]

歴史

旧留萌
佐賀家
漁場
遺跡位置

北海道の日本海側、江差・寿都・余市・留萌等の沖合は、江戸時代から蝦夷地有数の漁場としての役割を果たした地域であり、特に江戸時代後期ごろから、漁の漁場として繁栄した。日本海沿岸に漁場の施設が多数できたのは、このためである[1]

慶長時代、留萌場所(場所=松前藩が蝦夷地経営のために設定した交易場)が、松前氏一族の知行所として設置され、後に松前藩士工藤家により世襲された。18世紀後期からは藩主の直領となり、場所請負で漁業がなされている[1]

1844年、佐賀家が留萌場所に越年者を設け、で漁場を開始。陸奥国南部田名部領内の下風呂村(現・青森県下北郡風間浦村下風呂)に住居を置いた。代々漁業・海運業が中心で、蝦夷地とも交渉し、同年にい7代佐賀清右衛門は平之丞(8代)を留萌場所の礼受に赴かせて漁場の開設に成功した。佐賀家は、松前の田中藤左衛門の屋号「因」を使用していた。これは、場所請負制下で漁場を行う場合、松前の人別であることの証明が必要であったことから、田中藤左衛門名義を代用したことによる。佐賀家は年間漁業の管理を行い、1857年に留萌場所の出稼人所有の鰊釜の約1.5割、1863年には留萌場所の出稼人所有の建網数の約1割を占め、大規模経営の実現に成功した。請負人を除けば最大の漁業経営者となった。蝦夷地案内記録によれば、鮑串貝・魚油いりこ・鰊などの海産物が産された[1]

しかし1869年に政府は場所請負制を廃止。開拓使1876年に鰊漁場を開放し営業を自由化させるが、江戸時代以来の請負人等有力な経営者は、その資本力を武器に経営を発展を実現した。1887年、鰊建網4統、鮭建網2統、鱒建網2統が佐賀家の所有となった。これは、留萌では旧請負人栖原家に次ぐ経営規模で、旧出稼人としては最大級である[1]

鰊漁の利益は1897年頃までは順調であったが、同年代末から減少しはじめた。また、明治時代末期から大正時代初頭には豊漁となったこともあったが、その後は減少し続け、1957年に完全に停止し、佐賀家は漁場を中断せざるを得なくなった[1]

この漁場跡は、干場として利用された母屋(番屋)・トタ倉(製品保管庫、明治36年造)・船倉・網倉・ローカ(一時保管庫)・稲荷社の6棟の建物が現存する。一部改造された母屋は典型的な平入の番屋建物であり、中央に土間トオリがある。そこを挟んで右側の経営者の居住区、左手の船頭・ヤン衆等労働者の居住区に分かれている。ローカ付近には、鰊粕製造の釜場跡、前浜には船着場跡がある。トタ倉等には豊富な漁撈資料が、佐賀家には多数の文書が保存されているため、貴重なものである[1]

脚注

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  1. ^ a b c d e f g 国指定文化財等データベース”. kunishitei.bunka.go.jp. 2020年11月23日閲覧。 (初版から現在の版まで全て、一部改変あり)


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