新入幕場所以降
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新入幕となった2011年7月場所では4勝11敗と大きく負け越し、翌9月場所では十両に陥落した。同年11月場所で再入幕を果たしたものの、その11月場所でも負け越して1場所で十両へ陥落した。2012年3月場所において3回目の入幕を果たし、その3月場所ではまた負け越してしまったものの、東前頭16枚目の位置で迎えた翌5月場所では10日目の時点で8勝2敗と好調ぶりを示し、11日目から4連敗を喫したものの、最終的には9勝6敗と幕内では自身初となる勝ち越しを果たした。しかし、翌7月場所では6勝9敗と負け越し、続く9月場所でも5勝10敗と大きく負け越して、翌11月場所では十両へ陥落した。翌2013年1月場所において4回目の入幕を果たし、その1月場所では2日目から8連勝して幕内では自己最速となる9日目での勝ち越しを決め、結果的には9勝6敗の成績を挙げた。翌3月場所では幕内では自身初の二桁勝利となる11勝4敗の好成績を挙げた。 2014年5月場所には自己最高位となる西前頭2枚目の位置まで番付を上げたものの、初日から11連敗を喫してしまい、結果的には4勝11敗と大敗した。同年9月場所では10日目に稀勢の里を破って自身初となる大関戦での勝利を挙げ、14日目にも大関・豪栄道を破り、東前頭4枚目の位置で8勝7敗と勝ち越しを果たした。翌11月場所でも琴奨菊と豪栄道の2大関を破って8勝7敗と勝ち越しを決めた。 翌2015年1月場所では自己最高位を更新する東前頭筆頭の位置まで番付を上げ、2日目には横綱・鶴竜を上手投げで破って自身初となる金星を挙げた。その1月場所では7勝8敗と負け越したものの、翌3月場所では西前頭2枚目の位置で8勝7敗と勝ち越しを決め、再び自己最高位となる東前頭筆頭の位置で迎えた翌5月場所でも9勝6敗と勝ち越しを決めた。
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新入幕場所以降
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/19 06:25 UTC 版)
新入幕の2013年1月場所は2日目から4連敗を喫すると以降は常に黒星が先行する苦しい展開となり、最終的に6勝9敗の成績で一場所で十両に陥落した。 西十両3枚目で迎えた2013年5月場所は、千秋楽に12勝2敗の相星で対戦した德勝龍を突き出しで破り、13勝2敗の成績で初の各段優勝となる十両優勝を達成した。香川県出身者の十両優勝は1955年9月場所の神生山以来58年ぶり。 2013年7月場所で再入幕(西前頭12枚目)すると、この場所は8勝7敗で幕内で初めて勝ち越した。新入幕以来幕内土俵入りでは両手を頭上高くまで挙げてなかなか降ろさないという特徴を見せている。自己最高位を更新(西前頭9枚目)した9月場所12日目の北太樹戦では2度突っかけ、突っかけるたびに客席に向かって礼をして詫びる姿をその日のどすこいFMを担当していた浦風親方(元・敷島)から「町会議員か!」と揶揄されるという経験もした。2013年10月22日には琴勇輝の出生地である丸亀で22年ぶりの巡業が行われた。11月場所6日目の德勝龍戦で左膝を負傷。左膝蓋腱断裂と左膝前十字靱帯損傷と診断され、7日目から休場。琴勇輝が所属する佐渡ヶ嶽部屋ではすでに琴奨菊と琴欧洲の両大関も途中休場しており、4人いる関取の中で3人が休場するという異例の事態となった。同部屋の幕内力士が同一の場所で3人途中休場に追い込まれた例は1946年11月場所の伊勢ヶ濱部屋(現在の伊勢ヶ濱部屋とは系譜上無関係)以来67年ぶりの珍事である。11月末に手術を行いリハビリを行った。その後2014年1月場所後に退院し、続く2月9日の日本大相撲トーナメントでは土俵入りだけ参加する様子が伝えられた。 2014年3月場所は東十両12枚目まで地位を下げ、この場所は7日目から5連敗したことが響き千秋楽に負け越しを喫した。1場所休場しただけで土俵復帰したことに関しては後に2017年3月場所前に行われた座談会で雷が「膝を大ケガしたとき、自分は土俵下で見ていて、これは復帰までに相当、時間がかかるなって思っていたら、一場所休んだだけで復帰したでしょう。よく我慢できたなと。ケガをしても稽古さえしっかりやっていれば戻れるという、若い衆の見本ですね」と話していた。5月場所では調子を取り戻し、14日目まで十両の優勝争いの先頭に立っていた。しかし千秋楽に敗れて11勝4敗となり、4人による優勝決定トーナメント1回戦でも5日目の本割で勝っていた逸ノ城に敗れてしまい、2度目の十両優勝はならなかった。その後、勝ち越しを続け11月場所で1年ぶりに幕内(東16枚目)に返り咲いた。 5場所ぶりに幕内に復帰した11月場所は、7勝7敗で迎えた千秋楽の妙義龍戦で物言いがつく相撲の末に8つ目の白星を勝ち取り、8場所ぶりとなる幕内での勝ち越しを達成した。 2015年は3月場所中に急性腸炎のため負け越したが、その場所以外では勝ち越しを続けた。約2年ぶりに自己最高位を更新した(東前頭6枚目)11月場所でも8勝7敗と勝ち越したのみならず、同部屋の大関琴奨菊が14日目から途中休場したことなどもあり、千秋楽には平幕力士ながら『これより三役』に登場し、大関照ノ富士と対戦した。初めて『これより三役』を経験した琴勇輝は千秋楽の取組後に支度部屋で「気持ちよかった。二年前の九州でケガをした自分が、その二年後にこういう所で相撲を取っているなんて」と感慨深げに話していた。 2016年、西前頭4枚目で迎えた1月場所は初日から3連勝と好調なスタートを切った。9日目に横綱・日馬富士と初対戦した後、13日目に5場所連続の勝ち越しを決め、最終成績は9勝6敗。また、同場所で兄弟子の琴奨菊が初優勝を達成したため優勝パレードで旗手を務めた。 3月場所は東前頭筆頭で迎えた。初日に大関・稀勢の里、2日目に横綱・白鵬と共に初対戦して敗れたが、3日目に横綱・日馬富士を押し出して横綱戦初勝利を達成し、初金星を獲得した。この日のNHK大相撲中継の正面席の解説は、琴勇輝の師匠の佐渡ケ嶽であった。師弟共に涙ながらの解説、インタビューを受けるシーンが見られた。4日目に横綱・鶴竜に敗れたが、5・6日目はそれぞれ豪栄道と照ノ富士の2大関を破り、自身初めての横綱・大関との総当たりを終えて3勝3敗とすると、そのまま千秋楽まで11連勝し、幕内で初の2桁白星となる12勝3敗の好成績と同時に通算300勝目を達成した。伊勢ヶ濱審判部長から、立ち会いで手を付くのが遅い取組が目立つ旨の注文も付き、自身も自覚しているが、1横綱2大関を破った事が評価され初の三賞となる殊勲賞を受賞した。同場所では三役陣が全員負け越していたため、5月場所前の番付発表で関脇昇進が決定した。香川県出身者の新三役・新関脇はともに1960年7月場所の若三杉以来56年ぶりである。また、平成生まれの日本出身力士では初の関脇昇進だった。
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新入幕場所以降
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 12:40 UTC 版)
新入幕となった2008年9月場所では4勝11敗と大きく負け越し、翌11月場所に十両へ陥落したが、その11月場所において西十両4枚目の位置で10勝5敗の好成績を挙げて、翌2009年1月場所に再入幕を果たした。同年9月場所には再び十両へ陥落したが、その9月場所で東十両筆頭の位置で11勝4敗の好成績を挙げて初の十両優勝を果たした。翌11月場所に3回目の入幕を果たし、その11月場所では10勝5敗の好成績を挙げた。2010年9月場所では10勝5敗の好成績を挙げて、翌11月場所でも9勝6敗と勝ち越しを決めて、翌2011年1月場所では自己最高位の西前頭3枚目まで番付を上げた。その1月場所では5勝10敗と大きく負け越し、その後も2011年は年間を通して全く勝ち越すことができず、2012年1月場所には十両へ陥落した。翌3月場所に4回目の入幕を果たし、同年9月場所には再び十両へ陥落したが、翌11月場所に5回目の入幕を果たした。2013年7月場所には6回目の入幕を果たしている。2014年1月場所は東前頭6枚目での8勝7敗という成績ながら平幕上位に勝ち越し者が少なかった影響で翌3月場所は4枚半上昇となる西前頭筆頭の地位を与えられ、自己最高位を更新。その3月場所は初日から7連敗と上位の壁に当たり、中日以降星を伸ばすも5勝10敗の大敗に終わった。2014年6月14日、鶴竜横綱昇進披露宴で2年前に元モデルのモンゴル人女性と結婚していたことを明かし、夫人と一緒に昇進披露宴へ出席して関係者らに披露。夫人の弟は、幕下・玉正鳳である(当時、春日山部屋に所属。後に、追手風部屋→中川部屋→片男波部屋所属となった)。同年11月場所4日目に怪我を乗り越えて再入幕を果たした栃ノ心と対戦した際には、相手の顎に頭突きが当たって崩れる形で白星を得た(決まり手は押し倒し)ことが話題となり、この11月場所を8勝7敗の勝ち越しで終えた。2015年1月場所は東前頭9枚目。その場所は、6日目まで3勝3敗だったが、7日目からの5連勝で勝ち越しが決定。10勝5敗を挙げて敢闘賞候補に入ったが、同じく初三賞を窺っていた照ノ富士に受賞を許してしまった。
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