妻殺し
『ヴォイツェク』(ビューヒナー) 貧しい兵卒ヴォイツェクは、大尉の髭剃りをしたり、医者の実験台になったりして、生活費を得ている。彼はしばしば幻覚や幻聴に襲われ、医者から「お前は精神錯乱だ」と言われる。内妻マリーが鼓手長と関係を持ったことを知り、ヴォイツェクは彼女をナイフで刺し殺す。彼はナイフを池に捨て、返り血を洗おうと水の中に入って行き、溺死する〔*ヴォイツェクは死なずに逮捕される、という版もある〕。
『押絵の奇蹟』(夢野久作) 博多の士族井ノ口某は、妻が作った押絵中の人物の顔が歌舞伎役者中村半太夫に生き写しであったため、妻と半太夫が不義を働いたものと思う(*→〔性交〕8)。「幼い娘トシ子も半太夫の胤であろう」と井ノ口某は考え、妻と娘をともに刀にかけてから、切腹する〔*妻は死ぬが娘は助かる〕。
『お艶殺し』(谷崎潤一郎) 貧家の1人息子新助は質屋駿河屋に奉公し、駿河屋の1人娘お艶と恋仲になって、ある雪の夜に駆け落ちをする。しかし悪人たちが、新助をだまして殺しお艶を奪おうと企むので、新助は争いの末に数人を殺す。芸者となったお艶は毒婦としての素質を開花させ、新助以外の男にも肌身を許し、さらに旗本芹沢を愛人とするので、新助はついにお艶を殺す。
『カルメン』(ビゼー) 伍長ドン・ホセは、たばこ工場の女工カルメンと恋仲になる。彼はカルメンと一緒に暮らすために、軍隊から脱走して密輸業者たちの仲間になる。しかしカルメンは、まもなく闘牛士エスカミリオに心を移す。カルメンは、ドン・ホセに「もう愛していない」と言って、彼が与えた指輪を投げ捨てる。ドン・ホセは短刀でカルメンを刺し殺す。
『黒猫』(ポオ) 「わたし」は、かつて殺した猫プルートーそっくりの猫を見つけて、飼う。しかし猫がなつくのに反比例して、「わたし」は猫を憎悪するようになる。「わたし」は手斧で猫を殺そうとするが、妻がそれを妨げたので、「わたし」は怒って妻の脳天に斧を打ち下ろす。
*→〔夫〕8の『番町皿屋敷』(岡本綺堂)・〔初夜〕3の『本陣殺人事件』(横溝正史)・〔樽〕4aの『樽』(クロフツ)・〔仲介者〕2の『オセロー』(シェイクスピア)・〔芝居〕1の『パリアッチ(道化師)』(レオンカヴァルロ)・〔乗客〕1の『クロイツェル・ソナタ』(トルストイ)。
『青ひげ』(ペロー) 青いひげの生えた男が数回結婚し、そのたびに妻の喉を切って殺す。青ひげは、屋敷内の一部屋の壁際に妻たちの死体をくくりつけ、床一面が凝固した血でおおわれる。青ひげの新しい妻がその部屋を見たので、青ひげは、ただちに妻を殺そうとする。そこへ彼女の2人の兄(1人は龍騎兵、もう1人は近衛騎兵)が駆けつけ、剣で青ひげを刺し殺す。
『殺人狂時代』(チャップリン) 失職した初老の銀行員ヴェルドゥは、病妻と息子を養うため、重婚をする。彼は中年女性たちを誘惑し結婚して10人以上を殺し、その金を奪った。やがてヴェルドゥは逮捕され、処刑される。彼は、「1人殺せば殺人犯だが、戦争で百万人殺せば英雄だ」と言い残した。
*1艘の船で略奪すれば海賊だが、無数の船で制圧すれば大王だ→〔王〕4の『ゲスタ・ロマノルム』146。
★2b.王が、大勢の妻を殺す。
『今昔物語集』巻4-3 阿育王には8万4千人の后があった。その中の第2の后が王子を産んだが、第1の后がその王子を殺してしまった。王は怒り、第2の后以外の8万4千人の后を、罪の有無にかかわらず全員殺した。後に王は、后たちの供養のために8万4千の仏塔を建てた〔*殺した女の数と同数の花を育てる『牡丹』(三島由紀夫)と、類似の発想〕→〔花〕2c。
『千一夜物語』「発端」 シャハリヤール王は、奴隷と密通した妃を処刑する。女性不信に陥った王は、大臣に命じて、毎夜1人ずつ処女を寝所に連れて来させる。王は処女の純潔を奪って翌朝殺すことを、3年間続ける。ついに都には若い娘がいなくなり、大臣の娘シャハラザードが、自らシャハリヤール王のもとへ行くことを志願するにいたる。
『雨月物語』巻之3「吉備津の釜」 浮気者の正太郎は貞淑な妻・磯良をかえりみず、遊女・袖と馴染みを重ね、ついには「袖を故郷に送り届けてきっぱり縁を切る」と偽って、旅用の金子を磯良から騙し取り、そのまま袖と駆け落ちする。磯良は恨み嘆いて病に臥し、死ぬ→〔妬婦〕1c。
『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浪宅」 伊藤喜兵衛の孫娘お梅が、美男の民谷伊右衛門に恋慕する。伊右衛門は妻お岩を捨てて、富裕な伊藤家の婿になろうと考える。喜兵衛が与えた毒薬でお岩の顔はくずれ、お岩は恨みを言いに伊藤家へ乗りこもうとする。按摩宅悦がそれを止めようとして争ううちに、お岩は誤って刃物で喉を貫き、死ぬ。
*意図せざる妻殺し。夫が眠っていたことが、妻の死の原因になる→〔雨〕2の『雨の朝パリに死す』(ブルックス)。
★4.意図的に妻を殺したのか事故なのか、夫自身にもわからない。
『范の犯罪』(志賀直哉) 奇術師・范の妻は、結婚前から従兄と関係を持っており、生まれた子を乳房で圧死させる。范は「妻を殺そうか」と思うが、決心できない。ある日、范がナイフ投げを演じていた時、ナイフが妻の頸動脈を切断し、妻は死ぬ。それが過失だったのか、故意だったのか、范自身にもわからない。
『疑惑』(芥川龍之介) 明治24年(1891)の濃尾大地震の時、小学校教員・中村玄道の家は倒壊し、妻が梁の下敷きになって動けなくなる。火事が起こったので、妻が生きたまま火に焼かれるのは悲惨だと思い、中村は瓦で妻の頭を打って殺す。しかし、やがて中村は、「自分は、肉体的欠陥があった妻を内心憎んでおり、大地震に乗じて妻を殺したのではないか?」との疑惑にとらわれるようになる。
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