キシナウとは? わかりやすく解説

キシナウ【Chişinǎu】

読み方:きしなう

モルドバ共和国首都旧称キシニョフ農業地帯の中心にあり、ぶどう酒などの醸造農産物加工が盛ん。人口行政区33.92014)。チシナウ


キシナウ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/04/08 09:49 UTC 版)

キシナウ
Chișinău
市旗 市章
位置

キシナウの位置(赤い部分)
位置
キシナウ
キシナウ (キシナウ)
キシナウ
キシナウ (モルドバ)
キシナウ
キシナウ (黒海)
キシナウ
キシナウ (ヨーロッパ)
座標 : 北緯47度0分 東経28度55分 / 北緯47.000度 東経28.917度 / 47.000; 28.917
歴史
建設 1436年
行政
モルドバ
 都市区域 キシナウ
  キシナウ
市長ルーマニア語版 イオン・チェバンルーマニア語版ロシア語版
無所属
地理
面積  
  市域 563[1] km2
  市街地 122[2] km2
標高 85 m
人口
人口 2024年現在)
  市域 719,687人
    人口密度   1,278人/km2
  市街地 (2014年[2]) 532,513人
  備考 [1]
その他
等時帯 東ヨーロッパ時間 (UTC+2)
夏時間 東ヨーロッパ夏時間 (UTC+3)
郵便番号 MD-20xx
市外局番 +373 22
公式ウェブサイト : http://www.chisinau.md/

キシナウルーマニア語: Chișinău[kiʃiˈnəw] ( 音声ファイル)は、モルドバ首都で同国最大の都市。国土の中央に位置し、市街はドニエストル川の支流ビク川ルーマニア語版の右岸に広がる。

当市は周辺の自治体と共に、県と同格のキシナウ特別市を構成する。特別市域の人口2024年時点国勢調査速報値による[1]と71万9687人(Durlești町、Sîngera市などを含む)。キシナウ市のみの人口は53万2513人(2014年国勢調査[2])。

概要

キシナウの愛称「白い石の街」は、白い石灰岩(あるいは大理石)で築いた明るい色の建物が市街を占めることに由来する[3]。市域の面積は約565平方km2規模で、5つの地区に分かれる。

地勢は大部分が平地で、中世より葡萄栽培が盛んである。また、繊維産業や電気・機械工業、ゴムプラスチック製造などが盛んな工業都市としても機能する一面を持つ。

呼称

地名の「Chișinău」は町がそのほとりに発生したという泉をさすルーマニア語の「chișla」(泉)と「nouă」(新しい)に由来する。この泉は今もプーシキン通りにある。

かつて日本政府では、当地の呼称をロシア語発音に基づく「キシニョフ」としていた[7]が、モルドバ政府から見直しの要請があったことを踏まえ、2022年5月13日より、公用語であるルーマニア語発音に基づく「キシナウ」に変更した[8][11]

以下の表記が用いられることもある。

  • キシニョフあるいはキシニョーフ ロシア語Кишинёвから
  • キシニウ ウクライナ語Кишинівから
  • キシネウ 英語の聞きなし(Kishinev

地理

気候

ケッペンの気候区分によると、キシナウの気候温暖湿潤気候(Cfa)に属する。夏は乾燥してやや暑く(夏季の平均気温は25℃)、冬は風が強く寒い。冬季は、氷点下になるが、-15℃以下に下がることは少ない。

北緯47度に位置するにもかかわらず、北大西洋海流の影響により、冬季の気温が高い。低緯度である北緯35度から北緯40度に位置する飛騨地方長野県東北地方内陸部よりも冬季の平均最低気温が高く、降雪量も少ない。

キシナウの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C°F 15.5
(59.9)
20.7
(69.3)
25.1
(77.2)
31.6
(88.9)
35.9
(96.6)
37.1
(98.8)
39.4
(102.9)
39.2
(102.6)
37.3
(99.1)
32.6
(90.7)
23.6
(74.5)
18.3
(64.9)
39.4
(102.9)
平均最高気温 °C°F 0.9
(33.6)
2.6
(36.7)
8.1
(46.6)
15.4
(59.7)
22.0
(71.6)
25.2
(77.4)
27.5
(81.5)
27.2
(81)
21.5
(70.7)
15.1
(59.2)
7.5
(45.5)
2.3
(36.1)
14.6
(58.3)
日平均気温 °C°F −1.9
(28.6)
−0.8
(30.6)
3.7
(38.7)
10.4
(50.7)
16.5
(61.7)
19.9
(67.8)
22.1
(71.8)
21.7
(71.1)
16.3
(61.3)
10.5
(50.9)
4.1
(39.4)
−0.6
(30.9)
10.2
(50.4)
平均最低気温 °C°F −4.3
(24.3)
−3.6
(25.5)
0.2
(32.4)
5.9
(42.6)
11.6
(52.9)
15.2
(59.4)
17.3
(63.1)
16.9
(62.4)
12.0
(53.6)
6.8
(44.2)
1.6
(34.9)
−2.8
(27)
6.4
(43.5)
最低気温記録 °C°F −28.4
(−19.1)
−28.9
(−20)
−21.1
(−6)
−6.6
(20.1)
−1.1
(30)
3.6
(38.5)
7.8
(46)
5.5
(41.9)
−2.4
(27.7)
−10.8
(12.6)
−21.6
(−6.9)
−22.4
(−8.3)
−28.9
(−20)
降水量 mm (inch) 36
(1.42)
31
(1.22)
34
(1.34)
39
(1.54)
46
(1.81)
65
(2.56)
62
(2.44)
56
(2.2)
62
(2.44)
36
(1.42)
37
(1.46)
39
(1.54)
543
(21.38)
降雪量 cm (inch) 7
(2.8)
6
(2.4)
3
(1.2)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
1
(0.4)
3
(1.2)
20
(7.9)
平均降雨日数 8 7 11 13 14 14 12 10 10 10 11 9 129
平均降雪日数 13 13 8 1 0 0 0 0 0 0 5 11 51
% 湿度 82 78 71 63 60 63 62 60 66 73 81 83 70
平均月間日照時間 74.4 81.9 124.0 186.0 254.2 282.0 297.6 294.5 225.0 170.5 75.0 58.9 2,124
出典1:Pogoda.ru.net[12]
出典2:HKO (sun only 1961-1990).[13]

歴史

1436年僧院集落として創建される。モルダヴィア公国の一都市であったが、16世紀オスマン帝国の支配下に入る。18世紀には、帝政ロシアとオスマン帝国の係争地となり、1739年1788年にオスマン軍によって焼き払われた。

1889年のキシナウ

19世紀初頭には7,000人の暮らす小村であったが、1812年にロシア帝国がここを占領し、1818年に併合されて作られたベッサラビア州の中心都市となった後、急激に成長し、1862年の人口は92,000人。1900年の人口は125,787人で、そのうちの43パーセントユダヤ人であった。

1873年以降はベッサラビア県の県都。1877年から1878年露土戦争の際、キシナウはロシア帝国軍の拠点となり、重要な役割を演じた。

1834年以降、計画的な都市建設が進められた。町は大きく2つに区分けされ、新市街地では東方教会大聖堂凱旋門などが完成した。1870年鉄道駅が建設され、翌1871年ティラスポリとのあいだの鉄道が開通した。

1903年4月には、近代ロシアにおける最大級のポグロムであるキシナウ・ポグロム英語版が発生した。50人近くのユダヤ系住民が殺害されたほか、数百人が負傷し、多くのユダヤ系商店・住宅が破壊された。この事件はアメリカ合衆国など各地に報道された。

1917年ロシア革命の後、12月16日旧暦12月2日)にモルダヴィア民主共和国の樹立が宣言されるが、キシナウはまだ地方都市程度にしか扱われていない。

1918年1月6日(旧暦1917年12月24日)にキシナウ駅でロシア帝国軍による軍事事件が発生。これを皮切りに翌2月26日(旧2月13日)、ルーマニア王国軍がベッサラビア地方へ侵攻。同年4月9日(旧3月27日)にモルダヴィア共和国がその存在を法的に潰えさせ、キシナウを含むベッサラビア地方がルーマニアに併合された。

第二次世界大戦中の1940年6月28日、独ソ不可侵条約秘密議定書による独ソの勢力圏確定により、ソ連赤軍がキシナウに侵攻、8月2日にはキシナウを首都とするモルダビア・ソビエト社会主義共和国の樹立が宣言された。また、同年には地震が起こり、市街は大きな被害を受けた。

1941年6月22日に枢軸軍のバルバロッサ作戦が開始されると、キシナウは空襲を受けた。その後、ルーマニア軍に占領され、再びルーマニアに併合される。8月18日には、ルーマニア王ミハイヨン・アントネスク将軍がキシナウを視察に訪れた。1944年8月24日、ソ連軍がヤッシー=キシニョフ攻勢の反攻によりキシナウを再び占領、同所を含む地方地域はモルダビア・ソビエトへと戻された。

第二次世界大戦後、町は急速な復興を遂げた。キシナウにはソ連各地からの移住が奨励され、1944年に25,000人だった人口は、1950年には134,000人となった。

1980年のキシナウ

1980年代後半、ペレストロイカの影響からソ連の統制力が弱まり、ソ連内の構成国家が独立して行ったことを機に、1991年8月27日にモルダビア・ソビエトが「ソビエト社会主義共和国・モルドバ」(SSR Moldova)となり、のちに「モルドバ共和国」として独立。

同日より、同共和国の首都として現在に至る。

キシナウで調印された条約

ブランドとしてのキシナウ

キシナウは現在、商標の一つとして使用されるようになって来た。国内ビール醸造企業のエフェス・ヴィタンタ・モルドバ醸造所ルーマニア語版は、自社製の商品に当市の名を冠した「キシナウビールルーマニア語版」を市場に送り出し、国内において非常に人気が高い。さらにやはり国内の製菓メーカーブクリア社ルーマニア語版キャンディ商品に「夜のキシナウ」(Chișinăul de seară)と名付けた。

政治・行政

市議会ルーマニア語版市役所ルーマニア語版英語版)は国家権力の地方機関となっている。

行政区

キシナウ市域には35の地域があり、そのうちわけは中核の当市(固有の自治体)のほか6市(2つの村を内含)と、14村を組みこんだ12のコミューンで構成される。

キシナウ市自体は以下の5つの地区(セクトール Sectorul)に分かれる。

司法

民族構成

2004年の調査では、キシナウの人口は58万9204人。 民族構成は以下の通り。

民族構成
モルドバ人
 
67.62%
ロシア人
 
13.92%
ウクライナ人
 
8.28%
ルーマニア人
 
4.49%
ブルガリア人
 
1.25%
ガガウズ人
 
0.91%
ユダヤ人
 
0.37%
ポーランド人
 
0.12%
ロマ人
 
0.07%

宗教

治安

経済

交通

キシナウ国際空港
キシナウ駅

共和国のすべての自治体ならびに各都市や地区の中心部、さらに多くのは鉄道や道路でキシナウに接続されている。

公共交通機関のうち、道路交通はトロリーバスが主体で当市の交通網の中枢を形成している。トロリーバスの路線網は現時点[いつ?] で22路線が運行する。

また国内の各都市中心部だけに止まらず、国際道路経由でルーマニアウクライナブルガリアベラルーシロシアをはじめヨーロッパ諸国やトルコとも繋がっている。

空輸はキシナウ国際空港を中核として国内外の各所と結ぶ。

鉄道輸送では、国際列車が近隣諸国の以下の各都市と結ぶ。ウクライナ方面の列車は、沿ドニエストル共和国をめぐる政治的問題から、しばしば運休する。 ウクライナ

ブルガリア

ロシア

文化

独自の文化は、隣国ルーマニアの文化を基盤に、モルダビア・ソビエトという旧ソ連時代の前身国から受け継いだものが融合して構成される。当市が1918年以降、ルーマニア文化の中心地の一部であった歴史を反映し、文化施設のうち199ヵ所はその時期から運営が続く、もしくはに開設された。

建築物

キシナウに並ぶ建築物は、古典建築英語版モダニズム建築それぞれの様式を重ね合わせて設けられたものが多い。

メディア

テレビ塔の夜景

教育

モルドバ国立大学1946年10月1日開設)をはじめ、36の大学科学アカデミー1949年10月6日開設)が存在する。

スポーツ

出身者

国立図書館の前に立つヴァシレ・アレクサンドリの像

姉妹都市

[要出典]

国、地域 都市名 提携(年)
フランス グルノーブル 1977
イタリア レッジョ・エミリア 1989
ドイツ マンハイム 1989
アメリカ合衆国 サクラメント 1990
ウクライナ オデッサ 1994
ルーマニア ブカレスト 1999
ウクライナ キエフ 1999
エレバン アルメニア 2000
ベラルーシ ミンスク 2000
イスラエル テルアビブ 2000
トルコ アンカラ 2004
ルーマニア ヤシ 2008
ジョージア トビリシ 2011

ギャラリー

リスカニ地区のパノラマ
同都南部の夜景パノラマ

注釈

  1. 「カピトリンの狼」像は国立歴史博物館ルーマニア語版英語版を望んで立つ。
  2. 戦争記念碑の「勝利」と永遠の献火ルーマニア語版英語版に点る献火は消されることがない。

出典

  1. 1 2 3 Republic of Moldova”. Citypopulation (2025年2月14日). 2025年3月4日閲覧。
  2. 1 2 3 Chișinău”. Citypopulation (2017年10月18日). 2025年3月4日閲覧。
  3. Redacția [編集部] (2000年8月7日). liderul presei ieşene [報道主幹]: Vaslui: Chisinau, capitala contrastelor [ヴァスルイvsキシナウ、首都を対比する] (ルーマニア語). Ziarul de Iaşi.ro. ジアルル・デ・ヤシルーマニア語版. 2024年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月27日閲覧。2026-01-11|
  4. 開発協力白書 : 日本の国際協力 未来へ向かう、コロナ時代の国際協力』(2020年版)。「交換公文の署名(於:キシニョフ)」
  5. 在ウクライナ大使館「」、外務省、2010年10月26日、NDLJP:4023998。「(略)モルドバの首都名「キシニョフ」(略)」
  6. 神田眞人「[201402g.pdf 海外経済協力の包括的改革について]」、財務省、2014年2月14日。「(略)調印済)―�首都キシニョフを中心とする地域拠点病院等に対して(略)」
  7. いずれも国立国会図書館デジタルコレクションより。外務省『開発協力白書』2020年版[4]、同『モルドバ週報』第10巻第43号[5]財務省『ファイナンス』第579号[6]
  8. モルドバの首都等の呼称の変更』(HTML)(プレスリリース)日本国外務省、2022年5月13日2022年5月14日閲覧
  9. 衆議院調査局 編『通過議案要旨集 : 第211回国会(常会)』(PDF)衆議院、2023年6月。NDLJP:13046209
  10. 外交青書』(PDF)(令和5年版)外務省、2023年4月。NDLJP:14611323。「(略)をロシア語に基づく「キシニョフ」から、ルーマニア語に基づく「キシナウ」に変更しました。同国は2021年3月にウクライナに次いで(略)」
  11. いずれも国立国会図書館デジタルコレクションより。衆議院調査局の資料[9]、外務省『外交青書』令和5年版[10]
  12. Pogoda.ru.net (Russian) (2011年5月). 2007年9月8日閲覧。
  13. sunshine hours for Kisinev, Moldova, accessed 19 March 2012.

関連項目

外部リンク




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳

英語⇒日本語日本語⇒英語

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「キシナウ」の関連用語

キシナウのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



キシナウのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのキシナウ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS