オタク文化内
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/18 15:06 UTC 版)
前述のように、東は主に1990年代後半以降の日本のオタク系コンテンツの受容のされ方をデータベース消費の例として挙げている。 例えば1979年放送開始の『機動戦士ガンダム』と1995年放送開始の『新世紀エヴァンゲリオン』のファンの消費の仕方の変化には、物語消費からの脱却がうかがえるという。ガンダムにおいては異なるシリーズが同一の架空の歴史(宇宙世紀など)を舞台としており、ファンはその架空の歴史(大きな物語)を熱心に精査する。これに対してエヴァンゲリオンのファンは、作品世界に没入するのではなく、登場するヒロインを題材にした同人誌(二次創作)や登場するメカニックのフィギュアの製作などに熱中する傾向にあり、そこでは世界観よりもキャラクターやメカニックといった情報の集積(大きな非物語)が必要とされていることになる。評論家の前島賢によれば、エヴァンゲリオンの前半では、(物語消費に適した)作品の世界観につながる伏線と思われる多数の意味ありげなキーワード(人類補完計画・S2機関など)が提示されたにもかかわらず、終盤ではその正体・真相がほとんど明かされないまま作品は結末を迎えており、それによって視聴者は物語消費という受容態度の変更を余儀なくされたのだという。1995年を境とするこの消費様式の変化(いわゆる「キャラ萌え」への転換)はメーカー主導型からユーザー主導型への転換ともいえるものであり、その背景にはオタクの学生が(物語を好む)文系から(システムを好む)工学系の学生に転換したことが考えられる。 1998年にブロッコリーのイメージキャラクターとして誕生したデ・ジ・キャラットは、背景に物語を持つことなく出現したにもかかわらず、その後人気が出てアニメ化・ゲーム化などのメディアミックス展開がおこり、あとづけで背景となる物語を持つことになった。デ・ジ・キャラットというキャラクターは「アホ毛」や「鈴」のような萌え要素の組み合わせによって成立しており、デ・ジ・キャラットは「萌え要素のデータベース」を消費するという形で受容されたことになる(萌え要素の組み合わせで構成されるという例はメジャーどころでもみられ、例えばアイドルグループミニモニ。の衣装などにも同じ議論が適用できる)。このように、自分の好む萌え要素という記号に対してあたかも薬物依存者のように脊髄反射的な反応を示すようになったオタクの変容を(あるいはより一般に他者の欲望を媒介することなく自己完結的な欲求充足回路しか持たなくなる変容を)東浩紀はアレクサンドル・コジェーヴの表現を借りて動物化と呼んでいる。デ・ジ・キャラットのほかにもびんちょうタンのように、データベース消費においては背景に物語を持つことなく誕生したキャラクターがあとづけで物語を持ったり二次創作の対象となることがあり、人間でないものをイメージ化して美少女をデザインする試みは萌え擬人化と呼ばれる。2007年に発売された初音ミクも、それ自体は音声合成・DTMソフトのイメージキャラクターであり物語を持たないが、そのキャラクター性の高さゆえに多数の二次創作を引き起こし、東浩紀自身もその消費のされ方を「データベース消費そのもの」と述べている。初音ミクは主に動画共有サイトニコニコ動画を拠点としてブレイクしたが、大量のMADムービー(映像の断片の継ぎ接ぎで作られた動画)で溢れるニコニコ動画という空間はまさにデータベース消費という形態が定着したことによって出現した存在だともいえる。 1990年代後半以降にオタク文化内で広まった美少女ゲームもその構造上、ポストモダン以降のデータベース消費モデルを反映していると考えられる。 日本の漫画・アニメなどでは、漫画評論家の伊藤剛が指摘するように、ある作品中のキャラクターが(例えば二次創作によって)その物語を離れて異なる環境におかれてもなおその強度を保つというキャラクターの自律化 ともいうべき現象が起こっており、物語そのものではなく「キャラクターのデータベース」が消費の対象となっている面がある。ゼロ年代初頭から注目されるようになったライトノベルにはSF・ファンタジー・推理小説など様々なジャンルが存在し、しばしば定義が困難であるとされるが、そこで「キャラクターを立てる」ことが創作の上での重要な課題となっていることに注目すれば、データベース消費というキーワードを使って「キャラクターのデータベースを環境として書かれる小説」と定義できる。 ゼロ年代後半には、テレビアニメ『らき☆すた』のヒットをきっかけとして、物語性を後退させて「萌え」にアピールしたキャラクターの魅力で強度を保つ作品が台頭しているが、俗に日常系といわれるこれらの作品群はデータベース消費モデルに非常に適した形態のコンテンツといえる。 2010年代になると同年台代にヒットしたなろう系作品で行われていることが該当すると言及され、野間口修二はなろう系テンプレートストーリーは東のいう見えないデータベースの一部ともいえ、なろう系データベースとも呼べる見えないきちんとした形のないDBにアクセス、設定を取捨選択することで作品作りしているとみている。 現代美術の世界では、村上隆やカオス*ラウンジなどオタク文化の要素を作品に取り入れる例がみられる。村上隆の作品は現代美術界で高く評価されながらもオタクからは酷評されることも多いという極端な状況になっているが、東はこれをデータベース(深層)/シミュラークル(表層)についての考え方の違いに起点していると説明している。つまり、村上はオタク文化に特徴的な意匠(シミュラークル)を純粋化して作品に取り込むという手法を用いているが、これはシミュラークルの生産を「前衛を構成するための武器」として肯定的に捉える現代美術批評では高く評価されるが、萌え要素のデータベースを前提とした消費に適応したオタクからはその重要なデータベースの部分が欠落しているために理解されないのだという。現代美術集団のカオス*ラウンジは既存のキャラクターを用いた二次創作的な表現を多用しているが、その批評性を担保するための理論背景として東のキャラ萌え/データベース消費の理論が援用されているといえる。
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