連立成立までの過程
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 00:46 UTC 版)
2つ以上の政党が連立を形成するのは、どの政党も単独で過半数を制し得ない場合が大半である。この時多くの場合第1党が他の政党と連立を形成し、政権を成立させる。こうした場合どのような政党の組み合わせで連立が形成されるのかに関して、政治学では多くの研究がなされてきた。 最も古典的な理論は、ウィリアム・ライカーにより構築された。ライカーのモデルにおいて連立形成は、ゼロ・サムゲーム(ゼロ和ゲーム、参加者の利得の合計が0となるようなゲーム)と看做される。ここでアクターとしての政党が合理的に行動する、すなわち自らの利益・効用及び選好を最大化するように行動すると仮定する。その場合政党は連立による利得の分け前、具体的には政権のポストの獲得をできる限り最大化しようと行動する。一方でアクターとしての政党は、政権につくために自らの利得を相手に分け与える。従って利得を分け与える相手が少なければ少ないほど良いこととなり、連立に参加する政党の数は少なければ少ないほど良い。すなわちこのような仮定からライカーは、どの政党が欠けても過半数を割るような政党の組み合わせによる連立が成立する可能性が最も高いことを示した。このような組み合わせを、最小勝利連合という。ここで簡単な例を設定して説明を試みる。 A党:270 B党:230 C党: 60 D党: 40 ここでの議席総数は600、過半数は301である。当然、議院内閣制の下での連立形成ゲームと仮定する。第1党たるA党は270議席で過半数に達しておらず、政権成立のために連立を形成しなければならない。ここでもう一つの政党と連立を組めば過半数に達するので、連立は2政党で形成されるのが利得の観点から言ってAにとって望ましい。しかし、B党のように議席数の多い政党と連立を組むと、分け前は少なくなる。議席数の最も少ないD党と連立を組めば、半数を超えることわずか9であるが分け前を最大化することが可能である。一方他の政党としては政権に参加して分け前に与るようにするのが合理的である。このような場合、A党は選択肢の中から選好関係をD党との連立>C党との連立>B党との連立というふうに順序付ける。従ってまずD党との連立交渉にのぞむ。B、C、D党にとっても自らの利得を最大にするには3党連立より2党連立の方が望ましいので、A党との連立を最も望む。従ってA党とD党との最小勝利連合が成立する。 ところでとりわけB党に関しては異なる解釈も出来る。B党がC党、D党と組んで連立を形成すれば、B党は首相職を手に入れることが出来さらに連立政権の中では第一党なので多くの利得を得ることが出来る。この利得をA党との2党連立の場合の利得よりも高くB党が評価した場合、B党は3党連立を望む。しかしC党やD党は自らの利得の観点から、B党の提案する3党連立よりもAとの2党連立を好む。従ってこの場合でもA党とD党の最小勝利連合が成立する。 また多くの国では第1党が政権を担当するという慣例ないしはルールが確立されている。この場合、B、C、D党は自ら主体的に交渉を行うことはできない。よって交渉で合意して政権に参加するという選択肢と政権に参加しないという選択肢しか存在しない。どの党もこの2つの選択肢ならば政権に参加するほうを選択する。この結果、A党とD党の連立という最小勝利連合が成立することになる。 ライカーはこの理論を著書The Theory of Political Coalitions(1962年)に纏めている。なおこれは、ゲーム理論を政治学に応用した最初の著作の一つである。何故ならばゲーム理論は戦略的状況を分析するのに有用な手段であるからだ。戦略的状況とは、複数のアクターが存在し、或るアクターの選択・行動が他のアクターの選択やそこからの利得に影響を与える状況を指す。政党をアクターとすると、政権成立過程はこの戦略的状況にあたる。 このライカーの最小勝利連合の理論を継承し発展させたのが、ロバート・アクセルロッドの分析である。アクセルロッドはライカーと同じく政党の合理性を仮定しつつ、分け前の最大化という観点に政策的要素を加味した。これは政策それ自体が政党の選好の表明であるからである。すなわち政党は特定の政策を掲げ、それを実現することで利益や効用を得る。そこでアクセルロッドは、ポストのような連立の分け前の最大化と政策実現の最大化を共に図れるような連立の枠組みが帰結として導かれるとした。より厳密には、ポストなどの分け前と政策実現の度合いの組み合わせから得られる利得の最大化を可能にする枠組みである。これを最小連結勝利連合という。具体的には最小勝利連合のようにより過半数に近い議席数となるような、大政党と小政党の連立である。しかし、これは同時に連立を組む2政党の政策上の違いがより少なくなるような組み合わせでもある。 実際に見られる連立政権の形成においても、上記の理論で見たような最小連結勝利連合を含めた広義での最小勝利連合はほぼ成立すると言える。しかしまれにスイスのマジック・フォーミュラーのように大連立と言われる大政党同士の連立が見られ、またその場合連立を構成する政党の政策上の違いは大きい。例えば2005年のドイツ連邦議会選挙の結果、ドイツでは大連立のメルケル政権が誕生した。まずここでこの選挙の結果を示すこととする。 会派名改選後議席改選前議席増減■キリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟 (CDU/CSU) 226 248 -22 ■社会民主党 (SPD) 222 251 -29 ■自由民主党 (FDP) 61 47 +14 ■左翼党 54 2 +52 ■同盟90/緑の党 (Grüne) 47 51 -4 合計610599まず広義の最小勝利連合の理論に従って、政権成立の過程を予測してみる。第1党となった CDU/CSU はまず政策上の違いの最も小さい FDP との連立を模索するが、議席数は合わせて287であり両党では過半数に及ばない。次に同盟90/緑の党、及び左翼党と連立協議を行うこととなる。しかし同盟90/緑の党、左翼党との政策上の違いは SPD との政策上の違い以上に大きい。そこで当然両党の一方との連立は困難が予想される。実際に CDU/CSU は選挙前から連立の予測されていた FDP、及び緑の党との連立協議に臨んだ。しかし CDU や FDP と同盟90/緑の党との主に経済政策上での隔たりは大きく、これは成功しなかった。結局広義の意味での最小勝利連合、すなわち最小連結勝利連合が成立するような環境は整わず、大連立の成立ということになった。しかしまず CDU、FDP、同盟90/緑の党の三党連立が模索されたということは、政党が合理的に行動しまず最小勝利連合を模索することを示している。これは政党にとっては最小勝利連合(最小連結勝利連合)が望ましく、最小勝利連合を形成するために最大限の努力をすることを示す。このことから広義の最小勝利連合の理論は妥当性を持つと言えるだろう。 一方比例代表制をとる場合には、政党連合を形成して選挙に臨むケースがある。この場合中道右派と中道左派の二つの主要な連合に分かれることが多い。また一つの政党連合全体で他の政党もしくは政党連合の議席を上回った場合、この政党連合はそのまま連立を形成する。例えば、イタリアやスウェーデンはその典型的な例である。スウェーデンにおける2006年の総選挙では、穏健党・中央党・自由党・キリスト教民主党の四党からなる中道右派の政党連合「スウェーデンのための連合」が全349議席のうち過半数の178議席を獲得し四党連立政権が誕生した。しかし「スウェーデンのための連合」のうち最大の議席数を持つ穏健党の議席は97で、第1党の社会民主労働党(130議席)に及ばず第2党である。すなわち選挙結果が確定した後第1党が中心となって連立を形成する通常の連立形成パターンとは大きく異なる。むしろここでは政党連合、すなわち「スウェーデンのための連合」と中道左派の社会民主・緑の党・左翼党の政党連合のそれぞれが一枚岩的な単位すなわち政権成立過程における単一のアクターとみなされる。この意味でこのケースは連立政権ではあっても典型的な連立政権成立過程をとらず、むしろ二大政党制の場合に見られるような選挙の結果そのまま政権の枠組みが決まる単一政権の成立過程に近いと言える。
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