製薬開発の停滞と規制管理の失敗
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/10 15:34 UTC 版)
「向精神薬」の記事における「製薬開発の停滞と規制管理の失敗」の解説
2005年にたばこの規制に関する世界保健機関枠組条約が発効し、2010年にはアルコールの有害な使用を低減するための世界戦略が採択された。世界保健機関・元事務局長のグロ・ハーレム・ブルントラントは「たばこは最大の殺人者である」と述べ、年間600万人の死亡につながり最大の予防できる死因とされてきたし、同様にアルコールも年間250万人の死亡につながっている。 アメリカ合衆国では、各製薬会社による精神科治療薬を含めた適応外使用を勧める違法なマーケティングは、数億ドル以上の史上最高額の罰金を更新し続けている。新世代の精神科の治療薬は、基本的にお互いを模倣した薬剤が多くあり、メディアにおいて「模倣薬」(me too drug)と称される。似たような10種類の新しい非定型抗精神病薬と、似たような6種類のSSRI抗うつ薬が販売されており、さらにこれらの薬剤は精神障害に対し十分な反応を示しておらず、耐えがたい副作用があるため、これまでとは違った薬剤の研究が必要となっている。2009年ころより、大手製薬会社は精神障害の治療薬の開発から撤退し始めた。2011年の欧州神経精神薬理学会 (ECNP, European College of Neuropsychopharmacology) の会談で、会長のデビッド・ナットはこの状況に対し「精神薬理学の暗黒の日々である」と述べ、『ネイチャー』はその取材記事に「精神薬理学の危機」という題名をつけた。新しい薬はない。アメリカ国立精神衛生研究所 (NIMH) 所長のトーマス・インセルも同様の状況に触れている。 日本では、2010年に厚労相が「うつ病などに対する薬漬け医療」について、自殺・うつ病対策プロジェクトチームにて大量処方、過量服薬の防止について検討していることに言及した。 過剰摂取による死亡は、英米で交通死亡者数を上回り、国際的な懸念となっている。アメリカでは、2010年には38,329人の薬物過剰摂取による死亡があり、その過半数は一般医薬品や違法薬物ではなく処方箋医薬品であり、全体の74.3%が意図しない死亡である。 2011年6月、薬物政策国際委員会は、薬物戦争に関する批判的な報告書を公表し、「世界規模の薬物との戦争は、世界中の人々と社会に対して悲惨な結果をもたらし失敗に終わった。国連麻薬に関する単一条約が始動し、数年後にはニクソン大統領がアメリカ合衆国連邦政府による薬物との戦争を開始したが、50年が経ち、国家および国際的な薬物規制政策における抜本的な改革が早急に必要である」と宣言した。このコフィー・アナン国連前事務局長ら参加する委員会は、各国に大麻の合法化や、薬物依存症者に対しては罰するより効果的である医療の提供などこれまでの薬物政策の見直しを求めた。 2013年の薬物乱用防止デーにおいて国連は、司法だけでなく人権や公衆衛生、また科学に基づいた予防と治療の手段が必要であり、2014年にも高度な見直しを開始することに言及しており、加盟国にもあらゆる方法を考慮した、幅広い開かれた議論を行うことを強く推奨している。 デザイナードラッグと呼ばれる新規向精神薬が問題になっているが、売買したり使用する人々を投獄するための証拠を欠いており、堅牢な証拠もなく規制しそして処罰を課すことによって、何が脅威であるかの説明を欠いたままの処罰となってしまう。イギリスではたった1件しか報告されていない死亡例をメディアで大々的に報道し、薬理学的に確かな知識もなく規制したことにより、使用者はさらに危険性の高い薬物の使用に舞い戻った。化学構造の類似性に基づいて規制することは不可能であり、合成THCのような新しい治療薬の開発を妨げる。 精神科の薬は、高額な治験第III相試験は失敗が多くなり製薬産業はハイリスクだとみなすようになり、2009年には267だった中枢神経系領域での試験数は2014年には129であり、その多くは神経学の領域であり精神医学ではない。国際神経精神薬理学会(CINP)は、薬の多くは根本的治療には程遠く、副作用に問題があり、薬の作用する新たな標的を探す必要があることから、EU、北米、日本、その他の国々の政府に対して革新的な創薬ができるよう提案した。専門家は強い禁止が研究を壊滅的にしてしまうことを警告している。 そのような中で、国際神経精神薬理学会でもケタミンの抗うつ作用が議題に上がり、MDMAを使った心理療法をFDAが画期的治療法に指定するなど、ブレイクスルーとなっているのは、これまで医療用途がないとして顧みられなかった幻覚剤や医療大麻の領域である。サイケデリック・ルネッサンスと呼ばれている。イギリスの小規模研究はシロシビン(マジックマッシュルームの成分)が、従来の治療に反応のないうつ病の人の約半分を、数週間にわたりうつ病ではない状態にした。 2018年11月には国連システム事務局調整委員会は、国連システムとしての薬物問題への対処法を確認し声明を出したが、人権に基づくこと、偏見や差別を減らし科学的証拠に基づく防止策や治療・回復を促すこと、薬物使用者の社会参加を促すことといった考えが含まれている。2019年6月には、国際麻薬統制委員会 (INCB) も声明を出し、薬物乱用者による個人的な使用のための少量の薬物所持のような軽微な違反に対して懲罰を行うことを薬物を規制する条約は義務付けておらず、そのような場合には有罪や処罰ではなく治療や社会への再統合という代替策があるとした。
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