第4の哨戒 1943年2月 - 4月とは? わかりやすく解説

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第4の哨戒 1943年2月 - 4月

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/29 16:52 UTC 版)

ワフー (SS-238)」の記事における「第4の哨戒 1943年2月 - 4月」の解説

2月23日ワフー4回目の哨戒黄海向かったワフー割り当てられ海域黄海中でも鴨緑江大連近くという極端な場所だった。この黄海は、これまでアメリカ潜水艦によって哨戒されなかった海域だが、その理由として平均水深が約40メートル浅かったからである。途中で訓練行った後、3月11日長崎台湾下関台湾の各航路が行交う海域到着した3月13日午後ワフー北緯3257東経12611分 / 北緯32.950度 東経126.183度 / 32.950; 126.183の地点で1,000トン輸送船発見し魚雷を1本だけ発射した命中しなかった。3月19日未明には、北緯38度12東経12318分 / 北緯38.200度 東経123.300度 / 38.200; 123.300の地点大阪から大連向かっていた輸送船増源号(満洲海運、1,428トン)を発見し魚雷を1本発射して命中させ、増源丸船体前後割れて2分で沈没した生存者はいないと判断されたが、日本側の記録とは違う。約4時間後、北緯38度22東経12215分 / 北緯38.367度 東経122.250度 / 38.367; 122.250の地点別の輸送船裕山丸(興国汽船、6,038トン)を発見し魚雷3度わたって合計4本発射そのうちの1本が命中した不発終わった3月21日朝、ワフー北緯38度11東経12433分 / 北緯38.183度 東経124.550度 / 38.183; 124.550の朝鮮半島鎮南浦沖で輸送船保山丸(大東商船、2,260トン)を発見して魚雷3本発射し、1本を中央部命中させ、保山丸は約33名の生存者船体しがみついたまま4分で沈没4時間たってから北緯38度03東経12439分 / 北緯38.050度 東経124.650度 / 38.050; 124.650の地点輸送船日通丸(岡崎本店、2,183トンに対して魚雷3本発射し、うち2本を命中させて日通丸は3分で船首から消えていった。ワフー攻撃浮上して日通丸の名が書かれ残骸回収した後、山東半島針路を向け、次いで旅順近海経て遼東半島寄り大連近郊ラウンド島近辺向かったこの辺りの水深は約91メートル深かった3月23日未明には北緯38度38東経12114分 / 北緯38.633度 東経121.233度 / 38.633; 121.233の地点輸送船暁雲丸(元イギリス船エトセル・モラー/東亜海運委託912トンに対して攻撃行ったが、撃沈できなかったばかりか、相手爆雷反撃してきた。 3月24日12時47分、ワフー長山列島沖で煙を見つけ、接近していった。1949分、目標重油積まれタンカー実際に輸送船高雄山丸(三井船舶、2,076トン)に向け、最初一撃魚雷3本発射したが2本が早期爆発起こし、残る1本は逸れて失敗したのを見て高雄山丸は反撃行ったワフー潜航し北緯3905東経12225分 / 北緯39.083度 東経122.417度 / 39.083; 122.417の地点高雄山丸に対して新たな魚雷3本発射。1本が命中して4分で沈没した。翌3月25日未明ワフー北緯38度16東経12314分 / 北緯38.267度 東経123.233度 / 38.267; 123.233の地点輸送船皐月丸(近海運輸汽船830トン)を発見。まず魚雷を2本発射した命中せずワフー浮上砲戦持ち込んだ20ミリ機銃射撃の後、4インチ砲弾90発を浴びせて炎上させて撃沈した程なくして、1,000トン小型タンカー現れたため浮上し、4インチ砲と20ミリ機銃攻撃小型タンカー衝撃目論んだが、ワフー更なる射撃により炎上沈没した報告された。皐月丸側は、2隻の潜水艦攻撃されたと思っていた。ワフー乗組員潜望鏡通して代わる代わるこの光景見物した3月27日朝、ワフー北緯3339東経12523分 / 北緯33.650度 東経125.383度 / 33.650; 125.383の地点100トントロール船発見したワフー浮上し、4インチ砲と20ミリ機銃で穴だらけにすると、ワフートロール船と平行となり、ワフー乗組員ミッドウェー島海兵隊員から贈られ火炎瓶炎上させた。下関台湾間の海域戻ったワフーは、3月28日北緯3139東経12741分 / 北緯31.650度 東経127.683度 / 31.650; 127.683の地点で2隻のサンパン発見銃撃炎上させ、沈没こそしなかったが海上打ち捨てられた状態となった。 3月29日未明ワフー北緯3026東経12941分 / 北緯30.433度 東経129.683度 / 30.433; 129.683の屋久島沖で特設電線敷設船山鳩丸(山下汽船、2,556トン)に艦尾発射管魚雷2本を命中させ撃沈したワフーこれまでの哨戒における戦果新記録打ち立て帰途につき、「日本人今後黄海での潜水艦行動頭を悩ますだろう」とレポート締めくくった途中、「アッツ島救援日本艦隊が、トラックから日本戻ってくる」との司令部からの情報受信したが、これといったアクションは起こさなかった。4月6日ワフー42日間行動終えてミッドウェー島帰投した。

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