第4の哨戒 1942年6月 - 8月
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「スレッシャー (潜水艦)」の記事における「第4の哨戒 1942年6月 - 8月」の解説
6月26日、スレッシャーは4回目の哨戒でマーシャル諸島方面に向かった。7月1日にタンカーを雷撃したものの、護衛艦と哨戒機によって3時間制圧された。7月9日、スレッシャーはクェゼリン環礁とウォッジェ環礁の間を哨戒中、特設水雷母艦神祥丸(栗林商船、4,836トン)を発見。スレッシャーは魚雷2本を神祥丸に向けて発射し、命中させて神祥丸を撃沈した。その直後、上空を哨戒中の水上偵察機が対潜爆弾2発を投下し、スレッシャーを揺さぶった。そのおよそ10分後、スレッシャーは海中にあった四つ足の大きな錨に引っかかり、スレッシャーではこれを「日本軍が潜水艦を捕獲する罠」と考えていた。錨のせいで動きがままならず、スレッシャーは水中高速航行を行って錨を振り落とした。しかし、その間にも対潜爆弾を投下され、艦はそのたびに揺さぶられたが、幸い大きなダメージは受けず、修理の上トラック諸島、パラオ方面に移動した。7月20日夜には貨物船を取り逃がし、翌7月21日早朝には、折りからのスコールの中を浮上したものの、日本の哨戒艦艇の体当たりを受けそうになった。アンボン沖ではQシップと交戦し、魚雷2本を発射したが回避された。8月15日、スレッシャーは50日間の行動を終えてフリーマントルに帰投した。
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