第11巻から第14巻とは? わかりやすく解説

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第11巻から第14巻

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 17:13 UTC 版)

シビュラの託宣」の記事における「第11巻から第14巻」の解説

第11巻から第14巻までは、後述するように19世紀になって再発見された。巻数写本書かれいたものそのまま踏襲されているが、19世紀末のミルトン・テリーのように巻数前倒しにして、順に第9巻から第12巻とする者もいた(テリー括弧書きの形で写本巻数併記している)。なお、この記事テリー見解紹介する際には、煩瑣になるのを避けるために一般的な巻数表記統一している。 テリー第11巻エジプトユダヤ人による2世紀初頭作品第12巻第13巻3世紀キリスト教徒作品第14巻著者年代とも特定困難とし、『カトリック百科事典』(1913年)はそれらの4巻本を、ユダヤ教徒作品キリスト教徒手直しする形で3世紀から4世紀頃に成立した作品としたが、現在ではいずれの巻もユダヤ教的(13巻のみキリスト教的とする見解もある)で、成立7世紀まで、あるいは9世紀とする見解提示されている。教父たちはこれらの書から何も引用しなかったが、それが直ちに彼らの時代存在しなかったことを意味するわけではない。それらが引用されなかったのは、表明されている宗教思想重要なものではなく救世主黙示文学的な要素ありきたりなのだったからとも考えられているためである。 それとも関係するが、第11巻以降政治史的な事後予言色彩が強いとも言われており、第11巻から第13巻までには終末論的色彩希薄である。第14巻は、そこまで政治史的な流れ締めくくるかのようにありきたりな描写ではあるものの、救世主黄金時代到来語っている。 第11巻 第11巻324行から成りノアの大洪水以降世界史語っている。ローマ建国トロイア戦争アレクサンドロス3世大王)、ディアドコイなどを仄めかしつつ、クレオパトラユリウス・カエサル時代までの歴史を辿る。救世主類型なども含めて宗教的要素には見るべきものがなく、キリスト教要素含まれていない終始一貫しているエジプトへの強い関心から、エジプト書かれたことが確実視されており、「神の民」との対比エジプトに下る災厄予告していることなどからユダヤ人作品考えられている。 第12巻 第12巻299から成る様式的には第11巻と全く同じだが、第5巻焼き直し側面を持つとも指摘され最初10あまりに至って第5巻冒頭と全く同じである。 ローマ史が続きアウグストゥスからアレクサンデル・セウェルスに至る3世紀初頭までの歴代ローマ皇帝について、名前の頭文字ゲマトリア数字置き換えつつ語られている。このうちセプティミウス・セウェルス直後後継者たち省かれているが、これは原文欠落可能性指摘されている。 宗教的要素は、初期ローマ皇帝たちの治世下において、地上に神のロゴス現われたとする記述中に見受けられる。これを明らかにキリスト教的な記述見なす論者もいるが、ユダヤ人叛乱鎮定しウェスパシアヌス帝が「敬虔な者たちに対す破壊者」と呼ばれるなど、ユダヤ人寄り記述存在している。結果としてキリスト教挿入句わずかに存在するものの、全体的にユダヤ人作品とされ、エジプト、特にアレキサンドリア書かれ可能性が高いと考えられている。 第13巻 第13巻173から成る。この巻も宗教思想の展開が見られず、第12巻続いてマクシミヌス帝からアウレリアヌス帝までのローマ皇帝通史語られている。アウレリアヌス怪物たち30人暴君従えるであろうとされ、様々な都市直面する災厄戦争語られている。フィリップス・アラブス帝や彼が直面したペルシアとの戦争ローマ穀倉としてのアレクサンドリアなどにも言及されている。 第12巻第13巻には連続性があるので、書き手同一という説があったが、現在は支持されていない書き手問題関連して19世紀末以降、第11巻から第14巻の中でこの巻だけがキリスト教か否か巡って議論があり、現在も決着していないキリスト教的と見なす論者重要な典拠は、デキウス帝によるキリスト教徒迫害強くめかされている箇所存在である。これについては、ウァレリアヌス帝の迫害が全く反映されていないことが反証として挙げられている。ウァレリアヌス帝はキリスト教徒迫害したペルシア軍に囚われキリスト教徒がそれを神罰受け止めていたため、その仄めかしが全く見られないのは不自然というわけである。いずれにしてもエジプト、特にアレキサンドリア成立した可能性が高いとされる第14巻 361から成る第14巻は、『シビュラの託宣全体中でも最も曖昧説明しがたいとも言われる前半には4世紀皇帝であるディオクレティアヌステオドシウスの名前が織り込まれているとされるが、主張されている歴史的事件現実日付対応しておらず、詩人明らかに自身想像に従っている。そもそも本当にローマ皇帝対応する記述なのかどうか自体議論があり、解釈によっては、どんな早くとも7世紀以降成立とされることもある。 かつては書き手主として小アジア関心持っていたと見られ、その地域出身ユダヤ教徒ないしキリスト教徒だった可能性指摘されていたが、現在ではアレキサンドリアユダヤ教徒とすることがほぼ定説化している。 この巻には特筆すべき宗教的要素何もないが、書き手救世主黄金時代到来によって締めくくっている。それはラテン人たちの最後の世代の間、ローマは神自身統治によって至福の時享受しエジプトを含むオリエント世界では全ての過ち正され後で聖なる民が平和に暮らすだろうというものである

※この「第11巻から第14巻」の解説は、「シビュラの託宣」の解説の一部です。
「第11巻から第14巻」を含む「シビュラの託宣」の記事については、「シビュラの託宣」の概要を参照ください。

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