星糞峠黒曜石原産地遺跡
名称: | 星糞峠黒曜石原産地遺跡 |
ふりがな: | ほしくそとうげこくようせきげんさんちいせき |
種別: | 史跡 |
種別2: | |
都道府県: | 長野県 |
市区町村: | 小県郡長和町 |
管理団体: | |
指定年月日: | 2001.01.29(平成13.01.29) |
指定基準: | 史1 |
特別指定年月日: | |
追加指定年月日: | |
解説文: | 信州の霧ヶ峰から八ヶ岳の一帯には、北海道の白滝・十勝・赤井川、伊豆、隠岐、九州の腰岳・姫島などと並んで、火山国日本を代表する良質な黒曜石が産出する。その一つ、長野県小県郡長門町の星糞峠から虫倉山では、標高500から1500mの南北220m・東西300mの斜面一帯に小型の黒曜石原石が分布することが知られ、それに重なるように径10mほどのクレーター状のくぼみが200基ほど確認された。 そのくぼみは直経3m、深さ3mほどで、それら竪坑が幾重にも重なっており、黒曜石の原石を採掘した跡である。周囲には土手状に多くの小型原石や剥片を交える排土が積まれ、くぼみも排土で半ば埋まっている。 全体が黒曜石の採掘を目的とした場所であり、土器や石鏃などの道具類の出土は僅少で、この場所が営まれた時期判定は難しい。わずかに星糞峠の鞍部では縄文時代草創期の石器製作跡や竪穴状の遺構が確認され、虫倉山の中腹の採掘坑からは縄文時代後期の土器が発見されている。これらの事実から見て、縄文時代全般に及んで営まれていた可能性が高い。なお草創期の地点では膨大な量の石核・剥片・砕片と原石割りに使用された敲石や凹石が残されていた。 本遺跡は、縄文時代を代表する良質な石材であった黒曜石の原産地に立地し、原石採掘、石器素材の獲得からその搬出までの様相を良好に示す。供給先でのこれら石器素材の消費の在り方、石器製作の様相等について解明することによって、縄文時代の石器生産の全体的な様相や物流、集落間のネットワークや交流網等が明らかにされると考えられ、本遺跡の意義は大きい。よって史跡に指定して保護を図ろうとするものである。 |
星糞峠黒曜石原産地遺跡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/28 00:27 UTC 版)
所在地 | 長野県 |
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地域 | 中部地方 |
座標 | 座標: 北緯36度09分0秒 東経138度12分38秒 / 北緯36.15000度 東経138.21056度 |
種類 | settlement |
歴史 | |
時代 | 縄文時代 |
追加情報 | |
状態 | ruins |
一般公開 | yes |
星糞峠黒曜石原産地遺跡(ほしくそとうげこくようせきげんさんちいせき)は、長野県小県郡長和町に所在する縄文時代の黒曜石採掘遺跡[1]。日本遺産「星降る中部高地の縄文世界」の構成文化財である[2]。2001年(平成13年)1月29日に国の史跡に指定された[1]。なお「星糞」とは黒曜石を意味する方言である[3]。
概要
遺跡は霧ヶ峰の北東端、長野県長和町大門鷹山地区の星糞峠から虫倉山にかけての斜面に位置する[4]。「星糞」は黒曜石の地元の方言で、この周辺は遠くから輝いて見えることがあり星のかけらが降り積もっているという言い伝えがあった[3]。実際にはその正体は縄文人が黒曜石を採掘した鉱山跡に残された割くずだった[3]。
1986年(昭和61年)に始まった鷹山遺跡群の分布調査で虫倉山斜面におびただしい黒曜石原石が発見された[5]。1991年(平成3年)から星糞峠一帯の分布調査が行われ、星糞峠から虫倉山にかけて直径10メートルほどのクレーター状のくぼみ195基が確認され、その一つを試掘したところ黒曜石採掘址であることが確認された[4][5]。
長野県の周辺で産出された黒曜石は、遥か遠くの地でも発見されている。これは、旧石器時代の頃日本全国で黒曜石が交易されていたことを示している[6]。
この遺跡がいつ使われたのか、正確な時期を確立することは不可能である。しかし、この遺跡が機能的に使用されていたのは縄文時代草期から最終期までだということが分かっている[6]。
史跡と施設

195基の採掘址群や工房跡を含む一帯6.6ヘクタールが2001年(平成13年)に国史跡に指定された[5]。このエリアは歴史公園として一般公開されていて、歩道やプラカードなどが設置されている。
長和町と明治大学の研究協力が行われており、峠の直下には2001年に開設された明治大学黒耀石研究センターがある[5]。なお、地元では「黒耀石」表記を用いており、明治大学の施設の固有名称も「黒耀石研究センター」であるが[5]、史跡名としては「星糞峠黒曜石原産地遺跡」である[4]。
峠の麓には体験型施設の黒耀石体験ミュージアムがあり、鉱山跡までは遊歩道で約30分である[3]。 また、2021年(令和3年)7月には発掘したトレンチの状況を公開する現地の展示施設である「星くそ館」がオープンした[5][7]。
JR東日本中央本線茅野駅から車で一時間ほどの所にある[6]。遺跡は標高1,500メートルの高地にあるため冬季は閉鎖となる[5](現地の展示施設である「星くそ館」は4月下旬から11月下旬の期間で開館)[7]。
脚注
- ^ a b “星糞峠黒曜石原産地遺跡”. 文化遺産オンライン. 文化庁. 2024年5月8日閲覧。
- ^ “星糞峠黒曜石原産地遺跡”. 文化庁 日本遺産ポータルサイト. 2025年4月27日閲覧。
- ^ a b c d “不思議がいっぱいの縄文の旅に出かけよう!”. 甲信縄文文化発信・活性化協議会. 2025年4月27日閲覧。
- ^ a b c “まるごと信州黒曜石ガイドブック”. 長野県文化財活用活性化実行委員会. p. 8. 2025年4月27日閲覧。
- ^ a b c d e f g “明治大学黒耀石研究センターニューズレター No.16”. 明治大学黒耀石研究センター. 2025年4月27日閲覧。
- ^ a b c 磯村 & 坂井 2012, p. [要ページ番号].
- ^ a b “長和町で縄文人の歴史に迫る「星くそ館」が開館へ 千年前の地層を展示”. 信濃毎日新聞. 2025年4月27日閲覧。
参考文献
- 磯村, 幸男、坂井, 秀弥 著、学生社編集部 編『国指定史跡事典』学生社、2012年5月。ISBN 9784311750403。
- 『まるごと信州黒曜石ガイドブック』(PDF)長野県文化財活用活性化実行委員会、2015年。国立国会図書館サーチ:R100000001-I20111000001026033。オリジナルの2016年2月8日時点におけるアーカイブ 。2021年2月24日閲覧。
関連項目
- 星糞峠黒曜石原産地遺跡のページへのリンク